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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第3章 すごい列車偉い人殺人事件
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触らなくても神の祟りあり

 腐った右腕は血の刃で肩から切り落としたので大丈夫だ。ああ大丈夫だ。

 丁度良い。腕から自然に出る血を腕の形に作って武器にしてやる。不要な血は再び体内に戻せば良い。


 後ろから小石が当たってくるかのような雨水と風が私に吹き当たってくるので、何度も身体のバランスを崩しそうになる。

 奴は相変わらず雨風の影響を受けているようには見えない。

 マントはゆっくりとなびいているが、髪の毛はその場で直立している時のように下を向いて動きがない。


 着ている服は先程より汚れや穴が増えているように見える。

 どれも私の魔法でついたものではなく、奴自身の呪いによるものだろう。


「貴様は私の前進を止めることができないようだな」


 ぼろぼろの服を着た奴は未だ無傷だ。


 列車の最後尾は車輪が錆び付き、屋根は完全に崩れ落ち、今走っている貨物車から切り離されて今頃動きを止めているだろう。


血飛沫(トゥ・アルマ・タ)


 血の腕からいくつか血を分離させ尖形にして飛ばすが、奴に刺さろうかという時には、減速し蒸発してしまう。

 やはり効かないか。ああ効かないか。


光陰蛞蝓のごとし(グリオリフィグネイロ)


 奴の詠唱と共に、音も目に見える雨も風の当たる感覚もスローになった。

 降りしきる雨は、はっきりと雨粒として確認できる。

 雨や風の音は同じ音階の音が絶え間なく響いて聞こえてくるし、風は常に全身に触れているような感覚に陥るしで、強烈な吐き気を催してくる。


()()()()周囲の時間について行けない感覚はどうだ?」

「最高だ。ああ最高だ」


 奴は表情を変えることなくこちらに歩いてきている。周囲の状況と違って奴はいつも通りの速さで動き、言葉は正しく聞こえている。


「貴様が何と言っているか分からない」


急がば突き進めルトクラフィトルデイロ


 次に奴が詠唱すると、私は自分自身の身体を支えることができずにその場に転んでしまった。

 腕を立てて身体を起こそうとすると勢いがつきすぎて、更に前に転げ回ってしまう。

 立てない。ああ立てない。


 血の右腕は上手く形を維持してられなくなり、長紐のようにそこら中をしならせ動き回らせてしまっている。


 身体の動きが自分の想像を超えて速くなっている。


「どうした。立ち上がり方を忘れてしまったのか」


 奴は近付いて私の腹に思い切り蹴りを入れるので、元々あった吐き気も手伝って、勢いよく口から胃の中の物と血を吐き出してしまった。

 転がった拍子で腹の様子を確認できたが、ただ蹴られただけなのに、不自然に腹の部分の服がぼろ布に変化していた。露出した肌はシミが出て骨が浮き出ている。まるでそこだけ年老いたようだ。


「諦めろ。貴様が魔人微睡む者(ドーズマン)泥衣(でいえ)の魔女に、世界を滅ぼすように仕向けたのが運の尽きだ」


 何の話をしているのか理解できない。どちらも聞いたことのない名前だ。ああ聞いたことがない。

 手をついても立ち上がれないので、顔だけを何とか奴の方へ向けて狙いを定める。


血刃(フォナ・タ)


 紐状になった右腕の血の先を刃にして、振り回す。

 刃を振り回してなんとか当たればそれで良いのだが、奴に当たる寸前で血の刃は形が崩れて雨に混ざって消えてしまった。


「見苦しいな、エリスロース・レマルギア」


 残る手は雨に紛れて血に乗って逃げるのみだが、果たしてこの状態で逃れることはできるか。

 血に宿るあらゆる記憶を思い出し、経験から対策を立てようとする。



 そうしたら、黄衣の魔女が目の前にいる景色が見えた。



 気になってその景色を深く覗くと、他に何人も椅子に座っていて、車掌が彼女と彼女の騎士を縄で縛っているのが見えた。




 更に記憶を遡っていくと、目の前に鉄の黒い塊が見えた。周りにはたくさんの人がいる。

 私が、いや、俺がその黒い塊に沿って客車や貨物車などの長い列を歩いて行く。


 それは私を轢いた列車だった。

 俺はそのまま車掌が控える部屋がある車輌をよじ登って扉を開ける。


「初めての人を乗せる運行だな」


 コルトが俺と共に車掌の控え室に入りながら、そんなことを言うので、俺は適当に合槌を打つ。


「無事に終わってくれりゃいいが」

「初めてなんだから無事に終わることなんてないだろ。絶対失敗はあると思うぜ。多分お前が失敗しまくるだろうな」


 なんて不吉なことを言うのかと、俺は彼の肩を小突く。

 控え室に入って備え付けの小窓から外を覗くと、列車の扉へ向かって黄衣の魔女が嫌々ながらに吸い込まれていくのが目に映った。


 なるほど。黄衣の魔女はこの列車に乗っているのだな。



 ◆◆◆



 俺とリリベルが縛られて、車掌のケヴィンとコルトによってここ貨物車に放り込まれたが、窓もなく辺りは真っ暗だ。


 俺もリリベルも手足が縛られているので、上手く身動きが取れないが何とか荷物を背にして座る体勢をとる。


「うーううー」


 犬のようにリリベルが唸っているので、何事かと見ると何かを喋ろうとしているようだった。

 その後は犬のように俺の胸元に顔を近付けて、何度も縦に横にと擦り付けてきた。多分、(くつわ)のように噛まされている布きれを外そうとしているのだろう。


 俺は彼女の意図を汲んで、後ろ手に縛られた背中を彼女に見せつける。

 彼女は俺の手に顔を擦り付けるが、上手く布が掴めない。


「ふんーふんー」


 彼女の鼻息が手にかかってこそばゆいので、つい手を引っ込めてしまった。


「ふんー!」


 彼女が俺の背中に思いきり頭突きを仕掛けてくる。丁度骨の突き出ている所だったので痛い。


「ふんーふんん」

「ふふ……んぐっ!」

「んーんんーん!」

「ふんふんふ」

「ふんふ?」

「んーふんん!」


 何だこれ。


 俺とリリベルが縛られて貨物車に放り込まれてから少しの時間が経った。窓もないし真っ暗で景色が変わり映えしないから、正確にどれぐらいの時間がかかったかと聞かれても答えられないが、とにかく少しの時間がかかった。


 リリベルの轡が外れて、同じようなやり取りをもう一度した後今度は俺の轡も外すことができた。


「つ、疲れた……」

「全くだよ」


 木箱を背に俺とリリベルは隣り合わせで座ることができた。途中理由の分からない無駄な喧嘩を挟んだせいで肩で息をする羽目になった。


「で、なぜあんなことを言ったんだ」

「私が以前読んだ書物に、とある医者が証拠を集めて、殺人者を特定するという本があってね。それで、その犯人が言っていた台詞がとても印象的でね」


 正直嫌な予感がするし、頭がおかしくなりそうなのでこれ以上続きを聞きたくないが、手が動かせないから耳を塞ぐことはできない。


「1度言ってみたかったんだよ」


 俺は彼女の側頭部に頭突きをする。彼女は珍しく痛がっていた。

 せめて、犯人ではなく医者の方の台詞を言って欲しかった。


「で、一体どうするんだ。この後は晴れて牢屋暮らしになってハッピーエンドか?」

「お、怒っているのかい、ヒューゴ君?」

「怒ってはいない」


 いや、やっぱり怒っている。

 だが、そのことは口にせず今まさに不意に思いついたことを彼女に質問する。


「ふと思ったのだが、もしかして俺のことを君付けで呼ぶのって……」

「ああ。別の書物なのだけれどね。トレジャーハントをする冒険者の主人公リックが相棒のことを呼ぶ時に『ノット君』と呼ぶのだよ。それに憧れていてね、つい呼んじゃっていた」


 せめてなりきりたいキャラは統一して欲しいものだ。


「嫌だったかい?」


 彼女のその質問にはすぐに返答できた。

 相棒というその言葉は悪く聞こえはしなかったからだ。


「嫌じゃない。これからもその呼び方で、いい」


 彼女は機嫌良さそうにふふんと鼻を鳴らした。






「問題は貨物車の奥だね」

「どういうことだ?」


 彼女が急にまた要領を得ない話の切り出し方をする。


「どういうことって、たまに列車が揺れるのに気付いていなかったのかい? 何か引っ張られたように前後に揺れていたよ」


 なるほど、その話か。

 俺とリリベルが車掌たちにここへ連れて行かれる間に、大きな揺れがあった。今まで走っていた時には感じることのなかった奇妙な揺れだ。

 感覚的には、走ろうとしているのに服を引っ張られて、突然それを離された時に勢い余って走り出すような感じだ。


 2度、奇妙な揺れを確認し、今まさに3度目の揺れが起きた。

 心なしか揺れの大きさが強まっている気がする。


「もしかして魔法陣に欠陥でもあるのではないか?」

「失礼な」


 リリベルは抗議の頭突きで俺の肩を小突いてくる。


「調べてみるかい? 多分、君が黒鎧の魔法を唱えれば、その手足の拘束は外れるよ」


 リリベルの()()()で、大人しくここで拘束されていても事態は好転しないだろう。

 彼女の言う通り、黒鎧を身に纏う魔法で手足の拘束は外れたので、黒剣で彼女の拘束を切って外した。


 この後は鎧のまま列車から飛び降りて逃げるとして、その前に彼女が気にしている揺れの正体を探るべく貨物室の奥に向かうことにした。

 決して相棒と言ってくれたことが嬉しくなって、彼女の気になることを優先して手伝いたくなった訳ではない。



 ◆◆◆



 目的は達成された。

 後は無事に列車が目的地に到着すればそれで問題ない。


 こいつの悲鳴が余りにも五月蝿くて腹が立ったので、つい首を切り落としてしまった。

 それ以前にちょこまかと動き回るから、無駄に背中や足を刺さなきゃならなくて面倒だった。まあその分死ぬまでに長く苦しみを味合わせてやれたのだから、俺としては満足だ。


 首は恐怖に引き攣った顔をしていて笑える。いや、笑えない。腹が立つ。

 腹が立って仕方がないので、窓を開けてこいつの首とナイフを外に放り投げる。


 後は血だらけの服も捨てて、身体を雨で流して、替えの服に着替えればそれで終わりだ。

 雨が降ったのは幸運だ。水は用意してあるが、一々車輌を移動しなければならないので、人目につく危険がある。


 早くこの場を立ち去ろうとして扉に手をかけようとした時だった。突然後ろから鈍い音が響き渡ってきた。

 すぐさま振り返ると首が開いた窓の側で落ちていた。


 あれ、俺さっきこいつの首を外に投げたよな?

 何で窓に入ってくるんだ。どこかに引っ掛かって風で戻ってきちまったのか。


 気持ち悪い首だが、もう一度投げ込めば良いだけだ。

 首を拾い上げて窓の外へ腕を出す。後は手を離せばそれで終わりだ。


 首と目が合った。


 俺の心臓は急に氷漬けにされたように鼓動が一瞬だけ止まるのを感じた。そりゃあ驚くだろう。

 だって首は俺が殺した奴の首じゃなかったんだ。まさかだよ。


 もしかして気が動転して殺す奴を間違えていたりしていないよな。

 服を確認してみたが絶対にロイド・ハントが着ていたもので間違いない。俺は殺す相手を間違えていない。


 窓から出した手に掴んでいた首。


 それはヴァイオリー大臣の顔だ。首元は血が付着していて見辛いが、顔は汚れがなく良く見えるので間違いない。


 俺は見なかったことにして、その首を手から放した。

 触らぬ神になんとやら、だ。

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