黄衣の魔女
『魂が戻る身体ぐらいは残しておくれよ』
半神のリリベルと黒衣の魔女にそんな気など使ってはいられない。
俺に切られた黒衣の魔女は、次の瞬間移動を迎えて俺がつけた傷を治していた。治しているという認識をした時には既に治っていた。
魔法で傷を癒やす速度を遥かに超えた治療の様子は、正に魔法のような現象だった。
そして、黒衣の魔女に気を向けてばかりはいられない。
俺は、背中からリリベルの攻撃を受けて、身体を宙に浮かされる。
彼女の攻撃も今までと同様に、起きた事象があまりにも瞬間的すぎて何の攻撃を受けたか理解できなかった。ただ、背中に痛みを感じて攻撃を受けたと悟っただけなのだ。
追撃を受けないように2度の瞬間移動を行なって、リリベルに詰め寄った。
1度目は体勢を立て直して直立の状態に戻るため、2度目はリリベルの元へ接近するためだ。
心の中のリリベルが俺を神と呼称したが、残念ながら俺には全能感は感じられない。もっと自信で満ち溢れるのかと思ったが、そのようなことはなかった。
何せ世界中の知識は、心の中のリリベルに留まったままで、俺に継承されてはいないからだ。
俺はただ、彼女に世界全ての魔力を与えられただけの神もどきのようなものなのだ。
だから、瞬間移動してやることといえば、剣を振るか、知っている魔法を念じて具現化するだけなのだ。
この身体になって、呪いに頼らず具現化できるようになった以外に利点を感じられない。
『君が全知になったら、恐らく君は発狂してしまうだろうから、今の状態で頑張ってもらうしかないよ』
「君に殺されるのなら私は本望だよ」
内外からリリベルの声を同時に聞けるこの状況は、不思議な気分にさせられる。
そして、俺に殺されることを本望と言いながら、自分の可愛げを全力で表情に押し出すその策略は、卑怯以外の何物でもない。
剣筋が鈍りかける所を、リリベルが見逃すはずもなく、俺は彼女の反撃に身体を捩り吹き飛ばされる。
『剣で切らないことには、話が先に進まないよ?』
『お前の持つ剣は、魂だけで構成されている。それは賢者の石の作り方に等しい』
『ああ。黒衣の魔女が伝えたいことは、切ると同時に剣を通して、私や黒衣の魔女の魔力を吸収してやれってことだね』
2人の助言を聞き終わったところで、今度は半神の黒衣の魔女の攻撃を受けた。
虹色の帯が、空と呼べるか分からない真っ白な天井に映し出されて、それがそのまま下に降り注いで来る。
固形物ではない。空気に色がついたようなものだ。
それでも、その虹色に身体が触れると、身体が一瞬で弾き飛ばされてしまう。
当然、やられっぱなしではいられない。
いくら飛ばされようとも2人との距離の詰め方は心得ている。
『乱暴な距離の詰め方だね』
再びリリベルに近付き、剣を振り下ろす動作をわざと彼女に見せた。
彼女は予想通り両手を広げて俺にわざと切られるような動作をとった。
しかし、それはあくまで振りだろう。彼女の眼光は冷たく、俺を真正面から見つめていた。本当に切られてやろうとはこれっぽっちも思っていない。
「ずる賢い魔女だ」
「照れるね」
『照れるね』
剣を手から離す。
どの道、彼女を切ることができないと悟ったからには、彼女を弱体化させるためには他の手段に頼るしかないのだ。
彼女の目蓋が大きく開かれた。
一瞬だけ、瞳に感情が戻ったようにも見えた。それは、彼女が鼻息を荒くしながら、俺の行動に興味を持ってくれた時に見せる表情だった。
彼女は興味を持った。
だから、彼女はここから俺の行動を邪魔することはない。
一部始終を観察しようとする。
俺はその隙を狙って彼女の頬を撫でた。
勿論、撫でるという行動自体は彼女を更に動揺させるためのものだ。
黄衣の魔女が、俺の意図に気付いて俺から逃げるその時まで、鎧を通して彼女の魔力を全力で吸い上げた。
「神様になってから、君の行動をいつもより予測できなくなっている気がする。遺憾だよ」
『私もさすがに驚いたよ。気色悪いね』
2人から毒を吐かれるとさすがに悲しくなってくる。
それでも、たった一瞬触れただけでも、彼女の魔力を大量に吸収できたことは収穫だ。
次は黒衣の魔女からも即座に魔力を吸収して、彼女との均衡を保たせなければならない。
どちらか片方がもう片方より半神としての力を優位にさせてはならない。でなければ、片方が殺されてしまう。
俺は2人の魔力差が広がっていかないように、平等に魔力を奪い続けた。
その内に2人が隣同士に並び立つ場面があった。
「理解しているかい? 黒衣の魔女?」
「休戦だ」
2人の短い会話に頭の中のリリベルが反応する。
『魔力を奪うことに気付かれて、協力関係を結んだようだね』
神になるための力をこれ以上、奪われないように2人は手を組んだ。
黄衣の魔女は黄衣の魔女の目的のために、黒衣の魔女は黒衣の魔女の目的のために、絶対に神になる必要がある。
2人の想いが強いからこそ、共闘というあり得ないことが起きてしまうのだろう。
だが、2人は勘違いしている。
思うだけなら、想いの強さなら、俺は誰にも負けない自信がある。




