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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第20章 強くて愛しい魔女よ
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黒衣の魔女6

 リリベルは、彼女が持ち合わせている最上級の優しさで持って、この世界について分かりやすい言葉で俺に教えてくれた。


 先に彼女が言った通り、ここはリリベルが神様になった世界であり、俺が昔いた世界とは全く異なる世界だと言い切った。未来の世界ですらなく、完全に切り離された別世界である。


 彼女は神になり、俺の望みを叶えようとした。

 しかし、望みを叶えることはできなかったと言う。

 神になり全てが彼女の意のままに作ることができるはずなのに、世界の構築は思うように進んでいなかった。

 今、この場の不毛な大地も、俺のために急ごしらえで作ったもので、命は1つとしてない。


 理由は勘違いをしていたからだ。


「私や黒衣(こくえ)の魔女が目指した神の座は、思ったより良い椅子ではなかった。言う程全知ではなかったし、全能でもないんだ」


 彼女が言うには、空の上の暗闇の先にいくつも瞬いていた小さな光は、1つ1つが世界だった。

 彼女が就いた神の権能は、あくまで小さな光1つ分にしか及ばず、暗闇の先にある光たちに関する知識はなかったのだと言う。


 遥か昔に俺が生きていた世界も実は、その小さな光の1つに過ぎず、本当の意味での世界を知るには、彼女には知識も力も不足していた。

 彼女の全知は、あくまで俺たちが生きていた世界でしか適用されない。


「まあ、外の世界を知るよりも、ヒューゴ君やヒューゴ君が生きていた世界を作り直すことに興味があったから、その点の知識不足に関して特に不満はなかったのだけれどね」


 彼女は空中に浮き、あてもなく漂いながら会話を続けていた。

 もう慣れてしまった。


「でも、全てを元に戻すことは私にはできなかったんだ」


 端的に言うと、彼女が持ち得る全ての知識と力を結集させても、即座に世界を作り直すことはできなかった。


「可能性と言えば良いかな。例えば、ヒューゴ君という命1つにしても、君はあらゆる可能性を含んでいる」


「幼い頃から奴隷として生きて、私と出会って、私の騎士になる。これだけでも出会う場所や瞬間が少しでもずれてしまえば、未来の可能性が大きくずれてしまう」


 1つの命を完全に復元するだけでも、非常に緻密な魔力の操作が必要となる。それなのに、世界中の膨大な数の命を完全に復元しようとすれば、僅かな可能性のずれが起きただけで、未来が変化してしまう。


「数え切れない時間を使っても上手くはいかなかったよ。作っては消して、作っては消してを何度も、何度も何度も何度も繰り返しても、いつまで経っても納得のいくものは出来上がらなかった」

「つまり、神でさえ世界を意のままに作り上げる程の力はないということか……」

「そういうことだね。意外と神様ってコツコツ仕事することの方が多いみたい。大災害を引き起こしたりする神様の気持ちが分かったよ」


 神がことが思うように運ばない歯痒さを、洪水や嵐の大災害で表していると彼女は言うが、できればそれは知りたくなかった。

 神の存在を疑うことはなくなった今となっては、神に対する落胆を強めたくなかったからだ。




 彼女は不意に思い立ったかのように体勢を変えて、周囲に鍋や皿に食材を生み出した。


「久し振りで腕が落ちているかもしれないけれど、食べて行ったらどうかな? ここに来るまでに()()()を食べて来なかったでしょう?」


 魂を取り込むために悪食の限りを尽くしたことを、彼女はまだ覚えてくれていたようだ。

 それならと俺は俺で彼女に提案をさせてもらう。


「それなら、その前に髪を切らせてくれないか」


 地面に垂れ下がる程の髪を見ていると、無性に切りたくなる。かつては日課だった彼女の散髪が恋しかったのかもしれない。

 彼女はふふんと鼻を鳴らして微笑みながら、目の前にハサミを生み出した。


「万全の状態で切って欲しいから、鎧は脱ぎなよ」


 彼女が喋っている間に、既に脱げないはずの鎧と剣は横に置かれていた。






 神としてではなく、彼女の手によって作られた料理は、残念ながら吐き戻してしまった。


 彼女は、長い間食事をしなかったことで内臓が拒絶反応をおこしたことと、単純に料理が不味かったことを理由に挙げて、俺を介抱してくれた。


「ごめんね。私が与えた呪いのおかげで、今の私には君の可能性が余計に読み辛くてね。こうなることを推測し辛いのさ」

「俺の方こそすまない。せっかく作ってくれたのだから、しっかりと食べる」

「それなら新しいお皿を用意するよ」




 懐かしさを感じる過去の習慣を、噛み締めるように蘇らせていった。この時間は幸福であった。

 一瞬だけ、このままこの世界で、幸福を享受し続けたいと心の中で考えたら、リリベルに注意されてしまった。それ程、今は幸福だった。


「君は、あるべき世界に戻り、私を救うべきさ」


 幾つもの世界があり、リリベルが1人ぼっちで神を営む世界があると聞かされた上で、彼女のその言葉を聞くことは辛かった。

 それでも俺に残された手段は少ないと分かっていた。彼女も察していただろう。

 目の前の彼女ではないリリベルと、世界を救うための相談は、どれだけ彼女の心を苦しめるのか理解できるからこそ辛いのだ。


「ふふん、それなら私のことも救ってもらおうかな?」


 彼女は両手を腰に当てて胸を張り、自慢げな表情を見せて言った。

 俺が想像していた重苦しい雰囲気は、実際には微塵も感じなかった。懐かしいリリベルのそのポーズは、この世界で最も信頼できるポーズだ。


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