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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第20章 強くて愛しい魔女よ
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黒衣の魔女4

「今更、鎧と剣を持ったところで何ができる」

「正しく全知を使った方が良いよ。彼は私たちを殺す程の力を持っているのだから」


 2人の半神が初めて俺に視線を寄越した。まさか視線が此方に向くだけで殺されるとは思いもしなかった。

 だが、変わらず不死の呪いの力を発揮することはできたのは、鎧のおかげだろうか。


『ごちゃごちゃと面倒臭いわね。いい加減にアンタ自身の力だってことを自覚しなさいよ』


 ラルルカの怒りに当てられる。


「神に近くなればなる程、私と君はヒューゴ君に勝つ術が失われていくから」

「リリベル、一体どちらの味方なんだ」

「私かい? 私は2人の敵だよ」


 にこりと笑う彼女からそのままの優しさは感じ取られない。

 余りにも悲しすぎる敵意に喜ぶのは、黒衣(こくえ)の魔女とラルルカだけだ。




 今の俺にはリリベルに剣を向ける勇気はない。そもそもそんな勇気は持ちたくない。

 当然、先に剣を向けるべきはリリベルが最も憎み、俺が最も憎むきっかけを与えてくれた魔女、黒衣の魔女だ。


 重く歩き辛い鎧を身に付けているから、動きは酷く鈍重で、瞬きのような瞬間移動を行う黒衣の魔女に、剣が届くかは分からない。

 それでも前に進み剣を振るう以外の選択肢は、俺には残されていなかった。剣と鎧に込められた願いという名の()()が、真の意味での呪いとしての役割を果たしてくれた。文句を言う相手がいなくなったことも呪いの1つであろうか。


 持ち物は、賢者の石2つ。1つは無衣の魔女に奪われた概念を忘れずに済むための仕掛けが施された石で、もう1つはトゥットからついでのように渡された1つだ。

 具現化を行う力をほぼ失っている俺にとって、唯一の代替手段があることは、幸運なことだ。

 だが、これみよがしに使ってしまえば、半神に呆気なく対策されてしまうだろうし、下手をすれば魔力だけを奪われてしまうかもしれない。


 悩みどころだ。


『アンタっていつも心の中で、うじうじ言ってんの? うざっ』


 放っておけ。




『お前は私の期待通りの動きをしてくれた』


 黒衣の魔女の言葉が直接頭の中で響いた。

 さすが半神だ。俺が想像もしていなかった意思疎通の手段をとってきた。


『私のために残り(かす)の魔力を1ヶ所に集めたその報いには応えよう』


 激しい憤りに心が支配された。

 俺は守りたい者たちを俺の手の届く範囲に置いておきたかっただけで、黒衣の魔女の生贄のために彼等をポートラスに呼び寄せた訳ではない。


 黒衣の魔女から見返りを貰うことも、見返りの見返りに応えるつもりもなかったので、先んじて忠告をした。


「言っておくが、お前のためにリリベルを殺すつもりはないぞ」

『違うな。全てが終われば、お前に再び命を与え、お前が望む命を再誕させようと言っているのだ』

「それなら、俺に抵抗せずに死ねと?」


 重いはずの鎧は、怒りのせいか不思議と重さを感じなかった。喜びで足取りが軽くなることはあれど、まさか怒りで足取りが軽くなるとは思わなかった。


 兎に角剣を振ってみる。


『それも違うな』


 予想はついていたが、黒衣の魔女は避けた。

 瞬間移動を行なわれたら、ただの剣振が役に立つ訳がない。リリベルは俺を見てくすくすと笑っていた。


「リリベル。協力してくれ」

「ふふん。どうしようかなぁ」


 リリベルの頭上に白い光輪が浮いているように、黒衣の魔女にも光輪が浮かび上がり始めた。漆黒でありながら、輝きを放つ不思議な色であった。




 黒い光の輪を視認してすぐに、光輪の黒に吸い込まれるように視界に暗黒が広がった。


 無数の小さな光が遥か奥で煌めく中で、それ以外は真っ暗だ。


 1度見たことのある景色だ。

 マルムに吹き飛ばされた世界と似ている。これは、空の上だ。




 たまに光が横を通り過ぎることがあったが、それ以外に何も起きることはなかった。

 幾ら手足を動かしても、壁や地面にぶつかることはなく、何の変化も感じることはできなかった。




 そして、言葉で語り尽くすことができない程の時間を、空の上で過ごした。


 マルムにやられた時と同じ感想だった。

 この頭で理解できることは何1つなかった。

 どのような原理で、リリベルと黒衣の魔女がいた世界からこの世界に移動したのかも分からないし、どうすればこの世界から抜け出せるかも分からなかった。

 何せ、過去に空の上に吹き飛ばされた時と異なって、戻るべき世界がここにはないのだ。


 死んでいるのかも知覚できなかった。

 俺が持っている不死の特性は、1度だけの死なら、その死の直前の状態に戻るだけだが、何度も死に続ければ更に過去の状態に遡ることができる。

 もし、死に続けているのならリリベルたちがいた白い世界に戻ってもおかしくないはずだった。それなのに、いつまで経っても空の上の世界から景色が転換することはなかった。




 途中で何度かラルルカと会話を行う場面はあった。


 だが、彼女が語ることと言えば、無限にも近い時を、よりにもよって俺と過ごさなければならなくなったことへの愚痴ぐらいだ。


 生きることに疲れ、俺とリリベルが破滅することを望む彼女は、俺が幾ら説得しても手を貸してくれることはなかった。




 物理的には何も失われない世界で、精神だけが磨耗していった。


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