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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第3章 すごい列車偉い人殺人事件
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沈黙は石

 カンナビヒ辺境伯が殺された後、食堂車に全員が集まった。

 正確には運転室にいる車掌以外の者が集まっている。

 俺とリリベルは食事した時と同じテーブルに座っている。

 ただ、テーブルの位置は少しずらしていて、客車側には荘厳な椅子とテーブルが2組新たに置かれている。その椅子にはそれぞれストロキオーネ司教とヴァイオリー大臣が座っている。


 雨音はやや強まってきており、車輪が鉄の道を駆ける音と共に、列車の窓や屋根に当たった雨が室内に強く響き渡っている。


 この場には2つの問題がある。

 カンナビヒ辺境伯は誰に殺されたのか。

 付き人たちは一体どこに消えたのか。


 ヴァイオリー大臣、ストロキオーネ司教は共に付き人たちと部屋を分けているため、付き人たちの失踪に気付かなかったそうだ。


 コルトが探していた車掌は無事見つかった。

 ケヴィンという名前の彼は、さっきから俺のことを見つめているような気がする。

 厨房へ向かう扉側に彼は給仕係と一緒に並んで立っていた。


 カウゼル男爵がストロキオーネ司教に耳打ちすると彼女はゆっくりと立ち上がった。


「皆さん、この度は私どもの国の者がご迷惑をおかけしました。しかしながら、ウォルフガングは殺されたとウィルヘルムより聞きました」


 ストロキオーネ司教はカウゼルを掌で指してウィルヘルムと呼んだ。


「皆様、カンナビヒ辺境伯の無念を晴らすためにも、お力を貸していただきたい」


 今度はヴァイオリー大臣が立ち上がり、頭を下げてフィズレの者にも協力を仰いだ。

 力を貸すというのは、犯人探しのことについてだろう。




「では、ここからは(わたくし)、ウィルヘルム・カウゼルが話を進めさせていただきます」


 食堂車から客車へ1番最初に戻ったのは、ヴァイオリーとストロキオーネだ。

 2人は共に客車へ戻り、2号車でヴァイオリーが部屋に入りストロキオーネと別れた。


 その次に客車へ戻ったのはカンナビヒだ。彼はカウゼルとハントに素行を指摘され、怒りに身を任せて客車へ戻った。

 ただ、食堂車から去って行った後の彼を見た者はいない。


 その後は、クリム・ゼンゲ、ウィルヘルム・カウゼル、ロイド・ハント、ロベリア教授、俺とリリベルとコルトの順番で客車へ移動した。


 皆、1人ずつ食堂車を出ており、付き人がいないという異変に気付いて部屋を出るまで誰も会っていないそうだ。


 現時点でカンナビヒを刺しそうな者は、彼を諌めたカウゼル、ゼンゲの2人だが、正直あの傍若無人ぶりを見たら、誰に殺されてもおかしくないだろう。




 1つ気になるのは、ヴァイオリーとストロキオーネはともかく、他の者たちはなぜ誰1人として窓を閉めなかったのか。

 俺たちが客車へ戻って彼らと出会うまでにしばらくの時間があったはずだ。


 雨水は部屋に入ってくるし、列車の音が入ってくるしで不快なはずだ。

 自分が窓を閉めるような低い身分ではない、付き人にやらせるのが普通だ、と言われればそれまでなのだが、少なくとも1人ぐらいは自分で窓を閉めるだろうと思った。




 コルトが貨物車の探索から戻ってきたが、人っ子1人見つからなかったようだ。

 つまり、この列車から侍女、従者などが完全に消失した。


「クリム、お前が辺境伯を刺したのではないか?」


 1番客車から遠いハントがクリム・ゼンゲを疑った。

 無理もない。食堂車のやり取りを見てしまったら1番カンナビヒを刺しそうなのは彼だと俺でも考えてしまう。


 ヴァイオリーもストロキオーネも食堂車で起きたカンナビヒの怒りについて認知している。


「証拠もなしに無闇に他人を疑うのはおやめください、ハント殿」

「それは無理ですカウゼル卿。従者たちが犯人の可能性もあるが、我々の中にいる可能性だってあるんだ。全くの疑いなしで座していろという方が無理な話です」


 ハントは魔女が列車に乗ると知って、ロベリアに怒りをぶちまけた人物だ。魔女に相当の恨みを持っているのかは分からないが、この場では特に魔女を嫌っている。


「それに、そこの魔女だって怪しい。新しい魔法の実験で殺した可能性もある」


 ハントはリリベルは指差して剥き出しの敵意をぶつけてくる。

 周りにいるのはその国では名のある商人や貴族たちだ。彼らなら問答無用で魔女は悪と判断して、証拠もなしに犯人扱いされても不思議ではない。サルザス国でリリベルの牢屋番をしていた時はずっとそう思っていた。


「アスコルト夫妻は車掌と共に食堂車から出てきたのを私が見ております。とても辺境伯を害するような間はなかったと……」

「だが、その後は2人で3号車へ走って行ったのだろう?」


 ロベリアが俺たちを何とか庇おうとするが、ハントに返されてしまい答えに困ってしまっていた。


「私が扉を開けた時には既に辺境伯は(たお)れておりました」

「それなら魔女が殺してから自分たちの部屋に戻ったんだろう。その後カウゼル卿の声を聞いて何食わぬ顔で辺境伯の部屋にやって来たんだ」


 弁解しないと不味いのではないかとリリベルの方に顔を向けてみたが、彼女は多分話を聞いていない。

 窓から走る木々と雲の景色を眺めていた。


「何とか言ったらどうなんだ、魔女」


 ハントがさらに追い詰めてくるので、リリベルの代わりに俺が弁解しようとした時だった。

 彼女は窓へ顔を向けたままで興味なさそうに口を開いた。


「殺したのは私だ。と言ったらどうするのかい?」


 おいおいおい。

 冗句で言っているのだとしたら、まるで冗句にならないぞ。


 一瞬の沈黙の後、ハントはほら見たことかと指差して喜び始めた。


「やっぱり魔女が犯人じゃないか!」

「ああ、もし私たちをこの場で処罰しようとしても無駄だよ。不死だから。とりあえず口を塞いで身体が動かないように縛っておきなよ」


 リリベルは更に意味不明なことを口走り始めた。

 カンナビヒを殺したのはいかにも私たちですと捉えられるような言い方をするので、この場にいる者たちへの心象は最悪だ。


 ロベリアは俺たちのことを心配そうな目で見ているが、本当に殺してしまったのかという若干の恐怖もあるようだった。それにこの状態で俺たちを庇おうとすると自分も共犯者だと疑われかねないだろう。

 彼は何か言いたそうな腕の素振りを見せたが、それが行動になることはなかった。


 晴れて俺とリリベルはカンナビヒを殺した犯人として捕えられ、貨物室に押し込まれることとなった。

 口は布切れで轡のように噛まされ、手足の自由はきかない程にロープで縛られている。

 雨はまだ降り続けている。


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