黒衣の魔女
ラルルカとチルを食べて、トゥットがいる部屋へ向かった。
リリベルの言う通り、トゥットは死んでいた。
安易に死を選ばない者たちかつ、不死に近い能力を持つ者たちが死んだということは、第三者の強制的に死を選ばされたということだろう。
今この場にはリリベルしかいない。犯人は彼女しかいない。
そもそも彼女自身が白状している。
「黒衣の魔女との戦いに向けて、たくさんの賢者の石をここに集めていたみたい」
彼が集めた世界中の魔力が、この寂れた部屋に集まっていたみたいだった。
だが、石の中身はどれも空っぽであった。
トゥットの魂を取り込むための魔法陣を床に描きながら、リリベルに問いただすと、彼女は鼻を鳴らしながら堂々と話した。
「君のための賢者の石は、これだよ」
リリベルが指差したのは積み上げられた石の山とは別の、崩れかかった机の上に1つだけあった石だった。
山のような賢者の石の魔力は、全てリリベルが取り込んだ。間違いなくそう見て良い。
魔女協会で行ったチルたちとの秘密の会談を考えると、もしトゥットが魔力を渡すならリリベルではなく俺だろう。
一体、何の行き違いがあって、俺ではなくリリベルに渡されたのか。
死体となった彼は死人に口なし状態であり、真実を聞き出すことができない。
しかし、それは本来なら、の話である。
今の俺は魂を取り込むことができる。トゥットの肉を食って、彼の魂が頭に来てくれたら、じっくりと聞けば良いだろう。
そうして、彼の魂を取り込む魔法を詠唱し、彼が頭の中に現れたことを確認できたら、すぐに彼に質問を行った。
だが、彼の言葉よりも先に、目の前に飛び込んできた景色の変化の方に意識が向けられてしまい、彼の言葉を聞き逃してしまった。
城にいたはずなのに、今この瞬間に全く別の空間に移動させられたと気付く。
真っ白な空間だった。
上下左右どこを見渡しても、ただひたすらに純白の景色が広がっている。
空はないし地面もない。確かな足元の感覚はあるが、果たしてこの白い空間の上に立っているかは微妙なところだ。
何せ、俺から影が生えていないのだ。距離の感覚を測るものが一切なく、目で見た景色と身体の動きを合わせるのに、少し慣れが必要だった。
「へえ、本の知識の通りだ」
その真っ白な空間に現れているのは、俺とリリベル、赤ん坊とダリア、そして黒衣の魔女だった。
「ああ、ヒューゴ君には分かるように正しく説明をしておかないとね」
リリベルはそう言いながらも、床に無造作に転がっていた赤ん坊を足で踏み抜こうとした。
赤ん坊との距離が近かったおかげで、間一髪のところで拾い上げることはできた。あと1歩でも離れていたらと思うと、想像することすら恐ろしさを感じた。
「ヒューゴ君、私たちが先程までいた世界はもうないんだ。私が全て殺した」
リリベルは赤ん坊を踏み潰せなかったことを特に意識することはない様子だった。感情の変化は乏しく眉1つ変えない。どうでも良いとさえ思っているような顔色は、やはり恐怖しか感じさせない。
「私の経験に依ることなく、知識だけで、君の考えていることやこれから起きることを、推測できるようになってしまった」
全ての知識を得たら発狂してしまうという言い伝えはどこへやら。彼女は至って今までの彼女と変わらずに言葉を紡いでいる。
ただ、話す内容に関しては途方もなく壮大な話であった。
リリベルが本を読み、学んだことは、この世界の話のことであった。
このポートラスという国の1ヶ所に世界中の魔力が集まった結果、ある状況の変化が起きた。この世界の全てを作った神の世代交代である。
黒衣の魔女によって神の力が世界中に分散された結果、神は弱体化し、本来の神としての機能を果たせなくなった。
それが1ヶ所に集まったということは、再び神の機能を取り戻す瞬間が生まれたということである。
「ヒューゴ君の『全てを救いたい』という望みは、もう後1つしか残されていないよ」
「神に、なること……?」
「そうだよ。神様になればその魔力を使って、失われた世界を作り直すことができるのさ」
だからリリベルは世界を終わらせて自らが神となるため、残りの僅かな魔力を持つ者たちを抹殺しようとした。
彼女の態度が冷たいのは、どうせ後で生き返らせるのだから、今を生きる者が死のうと感情を揺らがせる意味がないと考えたからだ。
「リリベル、立派に育ったな」
「ありがとう、ダリア。さようなら」
リリベルは口を大きく開けて、何かを噛み砕くように大げさに口を閉じた。
口の中には何も入っていない。空気しかないだろう。
その、空気を噛み締めるかのような動作をしただけで、ダリアがひしゃげた。
「ほら、ヒューゴ君。早く食べないと」
リリベルが冷たい言葉で、魂を取り込むことを促した。
反応したのは、今までリリベルの言葉を黙って聞いていた黒衣の魔女だった。
「まさか、殺しそびれた魔女が、私と同じ目的を持つ者になるとはな」
「知っているよ。君は神になるために、こそこそと魔力集めに勤しんでいたのでしょう。ご苦労様だね」
「その余裕は全知から来るものだろうが、その余裕は考え直した方が良い。お前だけが全知だとは思わないことだ」
今、俺が取るべき行動が何か考えつかないまま、それでも兎に角ダリアの魂を取り込むために、彼女の元へ足早に向かった。




