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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第19章 死守
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影の死5

 全てを知ったという感覚は特になかった。拍子抜けだったよ。

 でも、魔女の勘に磨きがかかったような気はした。

 持っている知識が、チルの思惑を想像させてくれたし、この世界の状態を予想させてくれた。どの想像も確信を持って正しいと考えられてしまう。


 でも、まだ信じてはいけない。

 正しいとは思えるけれど、本当に正しいのか確認する必要がある。裏付けてこその知識だもの。


「チル、ダリアのことはなぜ黙っていたんだい?」

「その小さな頭に、この世界全ての知識を詰め込められるとは思ってもいませんでした」


 知識がある者同士で、互いの状態を理解し合えている者たちだからこそできる結論だけの会話。ヒューゴ君が嫌う会話が繰り広げられてしまう。

 チルの言葉から、ダリアは生きていることが確信した。


「君はヒューゴ君が目当てだったのだね」

「リリベル様に用はありません。今、この状況で黒衣(こくえ)の魔女と相対することができるお方は、ヒューゴ様の他に存在しません」

「確信したからには邪魔をさせてもらうよ。君の都合で私の騎士をどうにかされるのは、(しゃく)だからね」


 理想と現実が重なるかはやってみないと分からない。

 魔女の中で最も強いと言われている魔女に知識から得た想像だけで勝てるかは、どこからか湧いてくる謎の確信をもってしても、まだ疑を生む。半信半疑っていう言葉が正にこれに当たるね。


「やれやれ。最近の若い者は、譲り合いの精神が足らんのう」


 譲りたくないことだってあるよ。


 でも、その前にヒューゴ君を虐めようとする別の魔女を懲らしめないといけないね。

 ヒューゴ君は絶対に私の行いを許さないだろうけれど、個人的に彼女への恨みがあるから、そこは、仕方ないよね。




 ◆◆◆




 影の中にひと筋の光が(ほとばし)った。

 光の中に影は生まれないし、影の中に光が生まれることもない。その常識を覆す無茶苦茶な状況に視界と頭の中の魂たちが混乱する。


「いっつもそう! 何かをするにもタイミングが悪くて、思い通りにならない!」


 ラルルカの叫びと共に影が真っ二つに割れて、天から降り注いだ光に吸い込まれるように上方へせり上がっていく。

 俺自身の身体も何かに引き上げられるように、急激に上方へ向かって行った。

 影としての世界が呆気なく終わらせることができるものは、リリベルの雷以外にない。


 安堵と後悔が同時に襲ってくる。


「こんな……こんな世界……もう嫌!!」


 影の中でしか聞こえない彼女の心の叫びを、俺は聞いてしまった。

 また、救えなかった。

 影が晴れていく中で僅かに見えたラルルカの姿は、光に刺し貫かれていた。

 影を掻き、夢中でラルルカのもとへ向かい、手を取り彼女と共に浮上する。




 飛び出すように影から出てきてすぐにラルルカの状態を確認するが、最早手の施しようがなかった。

 彼女の身体を揺すっても、返事はない。

 彼女の背中辺りから生暖かさを感じて見ると、大量の血が手に付着していた。

 彼女の胸には小さな穴が開いていて、夜空のようなマントは赤黒く染まっていた。

 星の輝きは彼女の終わりと共に失われてしまった。


「ヒューゴ君、ごめんね」

「リリベ――」


 彼女の姿を見て思わず息を飲んでしまった。

 リリベルの左手には焦げた動物が握られていていた。

 姿形は変貌していても、それが何であるかはすぐに分かった。チルだ。


「あっちの部屋に、賢者のお爺さんが君に渡したい物を残していったよ。見てご覧よ」

「トゥットは今どこに……?」

「ふふん、彼は死んだよ」


 彼女が謝るということは、俺にとって不都合なことを起こしてしまったからだ。

 それが何かは、新たにできた死体を見れば明らかだ。

 俺が守りたい命が遂に手で数える程しか残ってないと知らされたのだ。


「なぜ……なぜなんだ」

「君が持っていた本を()()読んだ」


 彼女はそう言ってマントの下から1冊の本を取り出して、雑に床に投げ捨てた。

 読書を好み、本を大切にする彼女が、絶対に行わないことを彼女は行った。

 リリベルらしくない。リリベルではない。

 知る神(ケセロ)の全てを読み、全知となったから彼女は心変わりしてしまったのだろうか。


 リリベルは神に向かって、詠唱もなしに呆気なく雷を放った。神は一瞬で発光と発火を起こし、本の体裁を失わせた。

 まるで用済みだと言わんばかりに、神に対する扱いは雑であった。


「ラルルカも、チルも、お爺さんも死んだばかりだから安心して。早く魂を取り込む準備をしよう」

「なぜ、殺してしまったんだ……」

「早く魔法陣を描いた方が良いよ。魂を君の中に取り込むことができなくなってしまうよ」


 リリベルは、チルをラルルカのすぐ横に投げ飛ばしてきた。

 死者に対する扱いとは到底思えない投げ方は、素直に恐ろしさを感じた。

 リリベルは、例え自身に興味がない事柄だとしても、形式上は品位を保って他者を(ないがし)ろにしない。しないはずだったのに、今の彼女は全ての行動が冷たいものであった。

 彼女は、丸っきり性格が変わってしまったようだ。姿はリリベルなのに、中身はリリベルではないように思えてしまった。


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