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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第19章 死守
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影の死4

 何も見えない暗闇に包み込まれた俺は、即座に圧し殺された。

 海の中にいるような感覚は、身動きを極端に阻害する。全身に触れているそれは水ではなく影だ。

 手足をどれ程ばたつかせようと、影を意のままに操ることができるラルルカの前では、無力に等しい。


 だが、この手段で俺を真に殺すことはできない。


 あくまでこれはラルルカの八つ当たりの1つに過ぎない。


『お前を殺すことを我慢してきた奴が、ここに来てお前に牙を向く。何か裏があるのかもしれない』

知る神(ケセロ)は今、リリベルが持っている、ああ持っている』


 本を持っていたところで、こう暗くては読めたものではない。


『目が見えないと、私の魔法も使えないわね……』


 名だたる魔女が頭の中にいるのに、こうも彼女に手を焼くとは思わなかった。


「特等席で見せてやるわ! アンタの目の前で、赤ん坊を殺してやるわ!」


 影の海の中で彼女の甲高い黄色い声だけが、この無味無臭の世界を彩る。だからといって、それはここち良いものではない。


『影の中に閉じ込めておくつもりか?』

『ヒューゴを殺す手段がまだ見つかっていない以上、あの女ができることは、ヒューゴが生きる意味を奪うことだと思う』

『もう彼女は止まらないだろう。ヒューゴ、どちらを選ぶ?』


 赤ん坊を見殺しにするか、ラルルカを殺すか。

 二者択一しかないのか。


『奴も世界の終わりギリギリまで生きていられたのだ。もう、十分であろう』


 馬鹿を言うな。

 どちらも殺したくない。

 これだけ頭数が揃っているんだ。もっと議論をさせて欲しい。




 ◆◆◆




 ヒューゴ君が利用していた知識の本は、私にとっては退屈そのものにしか見えなかった。

 でも、何でも知ることができる本をいざ手に取ってしまうと、私の知識欲がページを開くことを急かしてしまう。


 平たく言うと読んでしまった。


 この本がどうやって私に知識をひけらかしてくれるのか。それが少しだけ気になって、興味本位でこの世界全ての知識をひと文字で表してと神を挑発してみたんだ。


 そうしたら、本は表紙とたった1頁の紙だけに作り変えられて、ひと文字だけが書かれた状態になってしまった。細長い虫が絡み合って束になっているような文字で、文字というよりは魔法陣に近いかな。


 でも読んでも何も起きなかったさ。

 今までに見たことのない文字で、まず理解ができなかった。きっと文字の意味を理解すれば、私は全てを知ることができるのかもしれない。

 文字の意味を知らない限り、本当にひと文字で全知となることができるかの確認はできない。


 私個人の話であれば、ここで本を閉じたと思う。答えだけ提示されるのは好みではないんだもの。

 けれど、もっと別の興味が湧いてしまって、本を閉じることができなかったんだ。

 それは、知識の神様とやらが、本当にヒューゴ君に正しい情報を与えてくれるのか。

 彼の主人としてはどうしても気になってしまうという興味だ。


 その文字の意味を知るための知識を欲して、万が一それを理解してしまえば、私のこれからの魔女生でやるべきことはなくなってしまう。

 でも、全知になれたなら、きっとヒューゴ君を今以上に守ることができる。


 どちらを選択するべきかって悩んでみたら、心は意味を理解する方に傾いてしまっているんだ。

 私の魔女生で、これ程悩まされた究極の選択はないと思う。


「リリベル様。知識の神が訪れた国は、早いうちに滅びました」


 悩んでいたらチルが私を諭す意図を持って言葉をかけてきた。

 全てを知ったら発狂する。つまり身を滅ぼすことになる。彼女は、私も滅ぶ結末を迎えることになると教えているのだろうね。


 それでも皆、読んでしまった。

 きっと中毒のようになってしまったのだろうね。

 読めば何でも教えてくれる本。最初は興味がなくても、生きていく上で役に立たない訳がない本を、完全に無視することはできない。

 少しずつ知ることにハマっていって、最後には全てを知ってしまう。


 生物の欲に際限がないことを私は知っている。魔女なら特にね。

 これがあれば誰でも簡単に有名人になることができる。

 賢者の石とそう変わりない、読んだ者を身の丈に合わない世界に誘う代物だもの。


 でも、天邪鬼な私は、チルの否定がどうしても頭で引っかかってしまっている。

 彼女が怪しい動きをしていることは、ここに来て何となく察している。

 だから彼女を信じることができなくなってしまった。

 そんな理由も相まって、文字の意味を理解することに、余計気持ちが傾いてしまった。


 赤衣(せきえ)の魔女と同様に、肌を焦がしてしまった猫の魔女は、肚にいくつもの野望を抱えていることは、鋭い猫目を見たらすぐに分かった。




 そこで私は切り替わってしまった。文字の意味を理解するための欲望を本にぶつけてしまった。

 すると本は、ひと文字の意味を教えてくれる解説の頁を作ってしまった。


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