影の死2
赤衣の魔女は館の1室にいた。
虫の息だ。
私が指で突いたらすぐにこと切れそうな状態だ。大変そう。
「ラザーニャ、元気かな?」
「……けない」
「リリベル様、ラザーニャ様は『そんな訳ない』と仰っていると思います」
彼女は全身の肌が火傷でどろどろになっていて、自慢の口髭も溶けてなくなってしまっている。
なまじ力のある魔女だけに、こうしてしぶとく生きてしまっているのが可哀想なところだね。
「……のむ」
「リリベル様、ラザーニャ様は『後は頼む』と仰っていると思います」
「何を頼みたいのかい?」
チルを経由してラザーニャの言葉を解説している状況が、何だか面白い。
彼女が話せるようになるよう、ラザーニャの傷は癒やしてあげたけれど、傷が治ることはなかった。
死んでも尚残るリリフラメルの怒りという名の魔力と、黒衣の魔女の疫病が彼女の傷の治癒を阻害してしまうのだ。
これを治せるのは、エリスロース君か白衣の魔女オルラヤ君だけだ。
つまり、彼女はそのうちに死んでしまうだろう。
そんな彼女は、目の開かない目蓋を此方に向けて、必死に手を伸ばそうとしていた。
私に特段伝えたいことでもあるのかな。
「……り……ている」
「……リリベル様、ラザーニャ様は?」
自分で言うのも何だろうけれど、私の魔女の勘は結構当たるんだ。
その勘が、チルは嘘を吐いていると言った。一体、どんな悪巧みをしているのか、少しだけ気になるかも。
兎にも角にも、赤衣の魔女が手を差し出しているのだから、まずはその手を取ってみようと思った。
そして、彼女の手を取るとすぐに、彼女は安らかに目を閉じた。
不思議な魔女だね。
「死んだよ」
「残念です」
私が言うのも何だけれど、私もチルも赤衣の魔女が死んだこと自体に全く興味を持っていなかった。その様子が何だか滑稽で笑えてしまった。
「儂も準備はできておる」
赤衣の魔女が死んだのを確認したのと同時に、賢者のお爺さんが告げた。
彼は手から石を床に雑に放った。
「お主にくれてやろう」
「トゥット様……」
「ほれ、早う拾わんか」
お爺さんはチルではなく私にその石を拾えと言ってきた。
大して面識のないお爺さんに、物を貰う謂れはないのだけれどね。
でも、どうしても私に石を拾って貰いたいみたいだったから、仕方なく拾ってあげた。
「紛うことなき賢者の石だね」
「おかげで儂の魔力は、もうこの魂以外に残っておらんわい」
「君の持つ魔力の全てをそれに集約したのだね。なぜかな?」
「保険じゃ」
保険、ね。
なるほどね。
「はてさて、儂もあの面白い男に食われて貰おうかのう」
「古びたお爺さんなんかを彼に食べさせたら、お腹を壊してしまうでしょう。彼の妻としてそれは拒否させてもらうよ」
「彼奴の意志であれば、お主は止める術はないじゃろ」
「ふふん、嫌味なジジイだよ」
お爺さんは彼1人が持つ魔力だけでは、黒衣の魔女に対抗できないと悟った。
だから、現状で最も多くの魔力を扱える私に魔力を託そうとした。
でも、不思議なことが1つある。
今、最も魔力を蓄えているのはヒューゴ君だ。魔力を渡すならヒューゴ君の方が良い。ヒューゴ君が倒れていたとしても、私から彼に渡すように言えば良い。
なのにお爺さんはヒューゴ君ではなく、私に託した。それが不思議で仕方がなかった。
考えられるのは、ヒューゴ君に魔力を渡すことが彼にとって何らかの不都合を生むということかな。
それに、お爺さんが私に賢者の石をくれると言い出した時に、チルが妙な間を持って返事をした。
彼女は私と同じように、他者に興味を持ち辛い性格だから、あの台詞はどう考えてもお爺さんを気遣って言ったものではない。
だとすれば、あの言葉の意味は別にある。
チルはお爺さんの行動を予想外の行動に動揺したのだろうね。
赤衣の魔女の言葉を意訳したことも、本当に彼女の伝えたいことを言ってくれたのか怪しいね。




