炎の死10
「リリフラメル!! こんな炎じゃ全く意味がないぞ! 俺を燃やすぐらいのことはやってみろ!!」
俺に恨みを持つリリフラメルだからこそ、俺が挑発を行えば、彼女は簡単に怒り狂う。それこそ我を忘れてしまう程に。
「ああ苛々する!! 馬鹿!!!」
彼女の怒声がはっきりと聞こえた。
その怒声を形で表すかのように、青い炎が徐々に変色した。
鮮やかな青は藍色に変わり、そして紫色に変色してゆく。
一瞬で炎と共にモクを取り巻くあらゆる魔法が蒸発していく。
今まで俺を気にかけて炎の熱を直接与えないようにしてくれていたリリフラメルだが、今は紫炎が横切るだけで俺を熱殺してくれる。
おかげで今の彼女に他人を気遣う心は一切なくなった。彼女は遂に怒り狂ってしまったのだ。
だから、周囲にいる魔女は皆、蒸発してしまった。
死んで生き返っての繰り返しの中で認識出ることは、即座に目が沸騰して弾けるまでの僅かな一瞬だけが、俺の行動できる瞬間だということだ。
その僅かな一瞬の景色の連続で見えたのは、全身を黒化させて塵になる魔女たちの姿だった。
地面も、建物も、魔女も、空も一瞬で焦げついてしまった。
そして、モクが遂に燃え盛り始めた。
決して炎はモクを狙っている訳ではない。紫色の炎全てがどこかへ迂回しようと、最後には俺の身体に向かってくる。
モクはただ、炎の余波を受けているに過ぎないのだ。
それでも奴の身体は灼熱に蝕まれていくのがはっきりと見えた。
「2度も死の恐怖を……体験するなんて……残…………酷……」
モクがぼそっと呟いたその瞬間に、紫色の炎はあっという間に周囲から消え去った。
俺は身体の大半が黒焦げたモクを一瞥して、奴がもうすぐ死ぬだろうと判断してからリリフラメルの方へ向かった。
彼女が想像していた通りの結果になってしまったことを改めて実感した。
彼女は燃え尽きてしまった。
黒焦げのそれをリリフラメルだと判断できた理由は、僅かに残った青色の髪が付着していたからだ。
うつ伏せで倒れるリリフラメルは、もう動かない。
辛うじて生きているのではないかと思って、彼女のそばに駆け寄り、彼女の身体に触れるが、触れた側から乾いた土壁のように脆く崩れていった。
こうなれば頭の切り替えは早いものだ。
彼女の魂を喰らうために、『魂吸い』の魔法陣を地面に指でなぞり描く。
魔法陣を描いている間に、すぐ後ろで町娘が倒れる音とひたひたと地面を歩く音が聞こえてきた。
「魔法の詠唱がしたいのかい? 正しく詠唱できるか分からないけれど、私が杖の代わりになってあげようか?」
素っ裸のリリベルが楽しそうな声色で俺の背中にのしかかって来た。リリフラメルや周囲の魔女を殺す原因を作った罪悪感で、彼女の顔をまともに見る気分にはなれなかった。
「リリフラメル君はすごいね。手練れの魔女のほとんどを殺してしまったよ」
俺の衣服も毛糸の1本残らず燃やし尽くされてしまった。
それでも知る神と言う名の本は、モクの近くで形を保ったまま残っている。さすがは神だ。
「俺は、彼女が死ぬかもしれないと分かっていながら、彼女を挑発してしまった」
「慰めて欲しいのかい?」
リリベルは素直な感情で俺に言葉を突きつけた。
皮肉で言っている訳ではない。
もし、俺が慰めて欲しいと言えば、彼女は心を込めて俺を慰めてくれるだろう。
頭の中からは俺への同情の言葉が多く寄せられた。
『ああしていなければ、俺たち全員が負けていたかもしれなかった』
『俺たちの死が無駄にならずに済んだだけマシだろ』
『エリスロース。貴方、心の傷は癒やせないの?』
『無理だ、ああ無理だ。私の魔法は外傷専門だ』
この女々しさを肯定してくれる者たちが頭の中にいる。勿論、罪悪感から逃れたいと思っている訳ではない。
ただとにかく、まだ先に残っている戦いの時まで心を保たせるために、なるべく多くの者の言葉を聞きたかっただけなのだ。
リリフラメルを食った後は、死体をひたすら食い続けた。
リリベルと手を繋ぎながら魔法陣に手を置き、詠唱と魔力の制御を2人で行えば、『魂吸い』は成功した。
『本当にお前の頭の中に、セシルがいたんだな。っていうか他にも一杯いるけれど』
形を辛うじて残していたリリフラメルと違って他の者たちは形すらなかった。唯一、そこで生きていたと分かる痕跡は、土にこびり付くように残された煤だけだった。
俺は、土を掬って、土ごと煤を食べて魂を身体に取り込んだ。
抱き合う2人のような形の煤は、クロウモリと白衣の魔女オルラヤだ。
それを食べた。
1人だけポツンと離れた場所にある煤は、砂衣の魔女だ。
それを食べた。
3つ並んだ人の形の煤は、赤茶髪の姉妹、アルマ、ザトラ、カペラだ。
それを食べた。
当然、人間が食べられるものではない。
無意識に身体全体が拒否反応を起こして、吐き戻してしまう。
それでも、頭の中に声が増えたと認識できるまで、魂を含んでいると信じて死体やその跡を食い続けた。
日が暮れて、長い夜を経て、山の寒さに2人で震えながらも、死体を食い続けた。
全てが燃やされて、点にされて、もう何も残っていないと思っていた山に、淡い光が灯っていることに気付いたのは、リリベルだった。
死体を探すために下ばかり見ていたが、山の上の方で確かに明かりが灯されているのが分かった。
「館があった所だね」
リリベルは寒さに耐えかねていることを示すように、少しだけ強めに明かりがある方向へ手を引いていた。




