炎の死8
炎に紛れて赤茶髪の3姉妹もやって来た。
よく見ると彼女たちだけではない。
炎を氷で防ぐ白衣の魔女とクロウモリも、未知の方法で炎を掻い潜る錆衣の魔女も、極彩衣の魔女の攻撃を受けずに辛うじて残った建物の陰から、その他生き残っている多くの魔女も一斉にこの場に現れた。
『全員、集合したわね……』
セシルは味方が来たことを喜び、リリベルは右衣の魔女を殺すための条件が揃ったことに喜ぶ。
俺は喜ばしくない。犠牲を生む可能性をこれ以上増やしたくないからだ。
「ヒューゴ様、リリベル様。夜衣の魔女の弟子から聞かせてもらいました。右衣の魔女の倒すために私たちの力を使ってください」
「それなら、私の合図に合わせて!」
リリベルが声を張り上げて言うその姿は、俺には輝いて見えた。
青い炎で元々眩しいのだが、それとは別の輝きだ。
魔女たちを従える彼女は、かつて名実ともに魔女たちの頂点に立っていた紫衣の魔女のようであった。
これが、俺の望むリリベルになって欲しい姿だったから、とても嬉しかった。
「もう、限界!」
そんなリリベルの顔は、滝のような汗を一杯に余裕のなさそうな表情をしていた。
必死に両手で膨大な魔力を押さえ込もうとするリリベルを見て、慌てて駆け寄る。
彼女の両手を掴んで、魔力がとっ散らからないように俺も手を加える。
「いや、どちらかと言うとだね……おしっこが漏れそうなんだ!」
「俺に任せ……え?」
「うん、もう我慢できない!」
彼女の汗だらけになっている理由が魔力の制御に依らないと知って、肩ががくりと下がる。
そして、彼女の我慢できないという言葉に血の気が引く。
教会だった建物から火炎が噴き上がる。
同時に現れたのは豪奢な剣を携えた赤衣の魔女だ。
彼女は攻撃を与えた後、そこにいるはずのアルカレミアから一旦の距離を離した。
その瞬間がリリベルの言う合図を発する瞬間であることは、俺でも分かった。
リリベルが手を上げた瞬間、全員がアルカレミアがいるであろう教会跡地に向けて手を掲げ詠唱の声を発した。
ほぼ全員が魔法を発するのを見届けたかのように、そのすぐ後にリリベルが詠唱した。
『雷歌!!』
ここに集結する全ての魔力が教会に走っていった。
炎、氷、風、土、金属、雷。あらとあらゆる現象が一点に集中して別の現象を引き起こす。
リリベルの魔法でさえ空間を歪ませる程の威力を持つのだから、そこに別の魔法が集まれば集まる程、尋常ではない空間歪曲と爆発を発生させる。
教会の物体を含めてそこは捻じ曲がっていく。
凄まじい嵐かのような風は、俺たちの身体を強引に引き寄せていく。
モクを狙うリリフラメルの青い炎も徐々に引き込まれていき、空間の歪みを更に激しくさせる。
炎が含まれた瞬間、歪みの動きが緩慢になる。
『時間の魔法まで巻き込まれているんじゃないか』
おそらくカネリの推測通りだろう。
非常に緩やかに歪んでいく景色は見慣れなくて気色が悪い。そもそも空間が歪むことを目で認識できること自体、見慣れたものではないが。
「皆で同時に詠唱すれば私を殺せるという安直な考え……何と愚かなことでしょうか」
無音だったはずの世界に右衣の魔女の声が聞こえてきた。
どうやって聞こえているのかは、この際どうでも良い。
問題はまだ右衣の魔女が生きていることだ。
膨大な魔力の塊を受けて尚、喋る力が残されているということは、最早絶望でしかない。
そう思っていた。
「ですが、正解です」
アルカレミアの言葉と共に暗い雷から黒い不定形の腕のようなものが突如飛び出て来る。
そして、それは水分を含むかのように波打ちながら自在に動き回り始めた。
ラルルカの影であった。
影は空間の歪みさえ気にすることなく、忙しなく周辺を動き回る。
そこにいる誰かを食い尽くそうとするような動きだった。
「愚かな未来の子どもたち、無知で蒙昧で……明るく良き未来の子どもた――」
奴の声が壁で遮られたかのように途中で掻き消された。
アルカレミアが2度目の死を迎えたことをリリベルの魔法の動きで察知できた。
彼女の雷が止まると周囲に音が蘇り、皆の声が聞こえ始めた。
「彼女に美味しいところを持っていかれてしまったね」
リリベルの声や表情は、どこか満足そうであった。ほっこりとしていた。
嫌な予感がした。
「その、もしかして、リリベル……」
「ふふん、ヒューゴ君。私は今、魔女としての新たな転機を迎えたのだよ」
この魔女は一体何を格好付けているのだ。
だが普通は、漏らしたら他人に漏らしたとは素直に言えないのが普通だ。
彼女の名誉のためにもこれ以上の追求はできない。
不意にモクの方に目をやると、砂衣の魔女、リリフラメルと奴の間を、炎と時間のやり取りを交わしているのが見えた。
これ以上の犠牲が生まれないように望みながら、残った力を振り絞って彼女たちに加勢する。




