炎の死7
左目の視力がほぼ失われている。
視界はぼやけ、所々にある黒い染みのようなものが、先に見えるはずのものを邪魔している。
針で刺されたような目の痛みに我慢し続けると、間もなく左目の視力が完全に喪失した。
さすが古き魔女の1人だ。
ほんの少しの時間だけしか、極彩衣の魔女の視界を奪っていないというのに、もう目が見えなくなってしまった。
だが、この状況こそが、俺が具現化に頼らずにマイグレインを殺す唯一の手段になる。
「セシル、頼む」
『ヒューゴ……失った光を取り戻すことに誓いを立てて……』
「俺は碧衣の魔女セシル・ヴェルマランの光になることを誓う」
『そこまでの言い方をする必要はないけれど……契約完了よ……』
頭の中で響いた彼女の言葉の後に、失われたはずの左目の光が再び灯る。
「また、中身が醜悪に――」
「終わりだ、極彩衣の魔女」
ただ、1度目蓋を閉じるだけ。
そのたった1度の瞬きで、近くにいる誰かが死ぬ。
それは、かつてセシルが自身にかけた魔女の呪いだ。
それと同じ呪いを、俺は彼女にかけてもらった。
極彩衣の魔女に続く言葉はなく、奴は目を閉じて身体の動きを終わらせる。
同時に、極彩衣の魔女の身体は古くなった紙のようにぼろぼろと崩れて、リリフラメルが放つ青い炎の風に乗って舞っていった。
魔女の塵は全て青い炎に飲み込まれて、完全に消滅した。
塵が飛ぶ先を視線で追ったままに、リリフラメルとモクに視線を移す。
『青い青い月曜日!!』
『攻撃魔法、静止せし烏兎』
渦となってリリフラメルに集まった炎が、一気に放たれる。
青い炎の波は、俺やリリベルすら飲み込んでしまうが、身体が瞬時に燃え尽きることはなかった。リリフラメルの気遣いによるものだと、ここで実感するとは思いもしなかったことだろう。
彼女の魔力が無尽蔵であるからこそ、青い炎を受けて、この身の糧とできる。
肝心のモクには炎が届いていなかった。
何の変哲もないただの町娘は、青い炎の嵐の中で平然と立ち尽くしている。
非日常の風景に、日常で良く見る姿をした女が存在することは、はっきり言って異常だ。
モクに突進する青い熱波は奴のすぐ手前で静止して、その境界に凄まじい爆音と七色の発光を発生させた。
アレが時間が止まっている状態だとするなら、期待していた現象とは異なっている。
炎に飲まれたままのリリベルから合図の手が上がる。黒い雷を放つ準備ができたことは分かった。
青い炎の渦の中でも黒い玉は、はっきりと視認できた。他の色が移ることを一切許さない暗黒は、今まで見てきたものよりも形が歪んでいた。
汗を流して、必死に玉を両手で押さえつけながら魔力の制御を行っているリリベルは、彼女がそれだけ見えない傷を負っていることを意味しているのだろう。
彼女はモクとリリフラメルには目もくれずに、赤衣の魔女と右衣の魔女が戦う別の炎が噴き上がっている場所だけを見つめていた。
アルカレミアだけを狙っていることが分かった。
それでも、彼女が予断を許さない状況であると知りながらも問いかける。
「リリフラメルが心配だ」
「大丈夫だよ。味方が来たみたいだから」
膨大な魔力を押さえつけるリリベルは、早口でそう言った。
一体どこに味方がいるのか。
周囲を見渡している内に、彼女の言葉に呼応するように青い炎の一部が鈍り始めた。
「いつ、私が貴様の味方になった」
モクと同じように、リリフラメルの熱波に平然と耐えられる魔女が、炎の中から突然現れた。
時の動きを変化させる魔女、砂衣の魔女だった。




