炎の死6
我慢の限界とは、リリフラメルにおいては常人の限界とは遥かに異なる。
普段は俺やリリベルの言葉を聞く彼女も、無意識に発火する程の怒りを携えてしまったら難しくなる。
それでも彼女は気を狂わずにいてくれた。
轟炎が広がる中で、モクは我関せずと地面に魔法陣を描き続けた。炎に肌を焦がすことない。
奴の魔法の範囲内に含まれているためか、魔法陣のある地面も焼けることはない。
このままではモクの詠唱の準備が整ってしまう。極彩衣の魔女も詠唱を始めている。
全てを知る本に知恵を授けてもらう瞬間は今しかない。
「リリベル、手を」
「私の怪我にはお構いなしなんだね」
謝るしかできない。
今はそれ以上の行動を取ることができない。
だから、尚更申し訳なかった。
しかし、リリベルは俺の様子を見て突如笑った。それから、俺が差し出していた手の上に、彼女の手を乗せてくれた。
「君は本当に面白い人間だね」
「……からかったな」
彼女は舌をべっと出して茶目っ気を演出しようとするが、口の中は血だらけで痛々しく、とても可愛らしいと思える余地を与えさせてはくれなかった。
「リリベル、予め言っておくが黒い雷だけはもう使わないでくれ。リリベルが魔法を使えなくなる結末になることだけは、嫌だ」
彼女は柔らかく笑みを返してくれたが、言葉の返事はなかった。
彼女は俺に口約束すら許してくれない。意思が固いことを示す何よりもの証拠である。
今が切迫した状況であることを逆手に取り、俺にこれ以上の口論の余地を与えない彼女は、ずるい女である。
しかし、そうまでしても、彼女が古き魔女を殺すことができるかは分からない。
あのリリベルでさえ、全力の魔法を連続で放たなければならないという事態に陥っていることが、僅かに絶望を感じさせた。
後は簡単だ。
身を包んでいた魔力の塊を全て解き、その全てをリリベルに手渡す。その間に、服の内にしまっておいた1冊の本を取り出して中身を開き、神に教えを乞う。
極彩衣の魔女の殺し方がそこにいくつも書かれていた。
『魔力が存在しない境界を作り出す』
『空間を湾曲させて魔力を直進させないって何だこりゃ』
奴は自身の魔力を点にするだけではなく、自身さえも点にしている。加えて、此方の物理攻撃や魔法攻撃さえも点に置換している。
全てを一瞬だけ点にして、互いの点が混じり合わないように制御している。
そのため、点にできないようにこの場自体を変異させることが、最も有効な攻防の手段となるのだろう。
本が理由付きで教えてくれた。
だが、知る神が授けてくれようとする知識は、リリベルなら実現可能かもしれないが、俺には速やかに実現できそうにないものばかりであった。
長ったらしい文章を読み飛ばしたい気持ちを抑えながらも、瞬きせずに丁寧に読み解いていく。
『点を結ぶ。線にはならず。砂へと帰す』
『地の息吹も、星の瞬きも、静止する喜びを』
轟音の合間にマイグレインとモクの詠唱が耳に入る。
モクに打撃を与えられないリリフラメルが、更に怒る。
青い炎が渦巻き、周囲の全てを溶かし蒸発させる。
リリベルの目の前に黒い玉が発生する。
今、この場にはどれ程の魔力が集まっているのだろう。
これら全てが解放されれば、この国はどうなるのだろう。
『動揺を誘って魔力制御を失敗させる、これだヒューゴ! 彼女を抱け!』
それで喜ぶのはカネリ、お前だけだろう。
だが、良い案だ。その方法はちっぽけな俺でも簡単にできる方法だ。思い描いたことを頭の中のセシルたちに共有しつつ、1つの頼み事をする。
具現化さえできれば良かったのだが、今は周囲を巡る魔力を上手く制御できない。
魔力を全てリリベルに渡していることが理由ではなく、ただ、想像通りに物体を生み出すことができないのだ。
剣が欲しいと思って想像しても、この手で握る物は、歪み刃こぼれした刀身を持つなまくらしか許してくれなかった。無意味な具現化は、すぐに魔力へ戻して、リリベルに引き渡す。
この時点においては、セシルが使う魔法に頼るしかない。
そして、リリベルと繋いでいた手を離して、俺1人で極彩衣の魔女に相対する。
狂人と長い時間を共にしたおかげで、常人の俺が行えば動揺されるであろう行動は、幾らでも思い付いていた。
両手を広げて歩くと、極彩衣の魔女が目を見開く。
しかし、さすが歴戦の魔女だ。若干の焦りはあっただろうが、詠唱を止めることはなかった。
焦りだけではない。
その見開いた目には、一種の期待も混じっている。広げた両手という行動から次に俺が何をするのか、奴は俺の一挙手一投足に釘付けになっている。
奴の詠唱が早口になったことは、動揺した証拠になるだろう。
今が絶好の機会だ。
『ヒューゴ、魔法陣の準備はできたわ……』
『黙視権!!』
程々の魔力と、己の視力を犠牲にして、相手の視界を奪う魔法を詠唱する。
僅かな動揺と、俺の姿を捉え続けようとする行動によって、極彩衣の魔女の目は無防備だった。
片手で目を覆う奴の更なる動揺を引き起こすために、全速力で足を回転させる。
『攻撃魔法――』
「おおっらあぁ!」
俺は何の変哲もないただの拳を、極彩衣の魔女の言葉に叩きつける。




