表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第19章 死守
567/723

炎の死4

『武器が欲しいんじゃないか?』

『この娘は魔女だろう? それなら杖じゃないか?』

『呪文が思い出せないのでは?』


 どうやら頭の中の会議はまだ続くようだ。

 とりあえず、兵士の誰かが杖の予想を立てていたので、俺は杖を具現化して後ろ手を出しているリリベルに手渡してみた。


「あ、そうそう。これでもっと強力な魔法が詠唱できるよ……ってちがーう!!」

「違ったか」


 頭の中の兵士が頬を赤らめて頭を搔く。


『ふざけている場合じゃないのよ……』

「ふざけている場合じゃないぞ」


 具現化された俺とセシルが極めて真面目な声色で言う。俺もそう思う。




「私を試すとは、興味深い」




 俺を殺すことだけに俄然やる気が出た極彩衣(ごくだみえ)の魔女が、意気揚々と詠唱を始めた。


 リリベルを担ぎ上げて教会から飛ぶように逃げる。

 リリベルだけは直接狙わないとしても、彼女をこの戦いに置いておく訳にはいかない。


 何せ彼女の魔力は、俺が全て吸収してしまったのだから。




 あ。




「もしかして魔力が欲しかったのか?」

「そうだよ! ヒューゴ君は鈍いなあ」

「さすがに言葉で言われなければ分からないぞ……」


 リリベルは小動物のようにするりと身体を動かして、俺の首元に手を回す。


「ヒューゴ君は魔力を上手く使えない。私は魔力がなくて、上手く魔法が扱えない。だから君が、私の杖の代わりになって欲しい」

「え……上手くが魔法が使えないってどういうことだ!」

「ほら、前を向いてしっかり走って」


 彼女に首を無理矢理前へ向けさせられる。

 はぐらかされている気がする。


「魔法が上手く使えないのなら、尚更戦って欲しくない。館へ退避するぞ」

「逃げ道は塞がれているみたいだよ?」


 彼女に言われるか言われないかというところで、目の前に1人の女が立っていたことに気付いた。




「なんてことをしたんだ……」


 思わず口から言葉が勝手に漏れ出てしまう。

 館へ逃げ遅れた者たちが、1人の女の周囲で死体の山となっていた。比喩なんかではなく、死体を積み重ねたれっきとした山で、横の2階建ての家屋と同じぐらいの高さがあった。


 すぐに彼等を助けないと。

 魂が地獄に行く前に、身体を食らわないと。助けたい気持ちによって勝手に進む歩みを止めてきたのは、リリベルだった。


「君が何をしてきたのか、大凡(おおよそ)の予想はついているけれど、今はその瞬間ではないと思うよ」


 彼女は暗に、道のど真ん中に立つ1人の女を敵と認識しろと言っている。それぐらいは察せられた。

 だが、実際に言葉を告げられて感情を簡単に処理できる訳がない。


 彼女を言いつけを守って、前に進もうか止まろうか考えていると、リリベルが先に彼女の素性を問いかけた。


「君も古い魔女の1人かい?」

「古いかどうかは分からない。死んだのは昨日だから」

「もし、死んで蘇ったのだとしたら、普通はそう考えるよね。名前を聞いてもいいかな?」

「……モクです」

「モク君、アルカレミアやマイグレインという魔女を知っているかい?」

「ええ、その人たちは知っていますよ」

「では、君も古い魔女の1人だ」


 モクの話振りは非常に穏やかだった。

 話振りに比例して、彼女の服装も他の魔女と比べて穏やかな装いである。


 黒髪のボブカットに、色褪せたベージュのシャツに黒に近い茶のハイウエストスカート。魔女の目印であるマントを珍しく羽織っておらず、うら若い町娘の1人としか思えない。


 だから、思わず口から質問が溢れてしまった。

 彼女が魔女の始祖だとしても、黒衣(こくえ)の魔女に操られていることに間違いはないため、この質問に意味はない。それでも聞かずにはいられなかった。


「皆を殺したのは、お前の仕業なのか?」

「……殺したくはなかったけれど」

「そうか」


 隣の死体の山を見つめてモクは、とても残念そうに呟いた。その仕草だけで黒衣の魔女に操られているという予想が当たったことが分かる。できれば当たらないで欲しかった。




「えーと、お2人は……」

「私はリリベル。この人間はヒューゴ君だよ」

「ええ。ヒューゴクンさん、貴方は随分と酷い中身。一体何をどうすれば、人間の身でありながらそこまでグロテスクな存在に成り得るのか」




『返事をしないの?』




 返事をするのに疲れた。




「単刀直入に教えてくれないかな。君やアルカレミア君、マイグレイン君の倒し方を」

「はい」


 あまりにも即答であったから、罠なのではないかと疑った。


「その前に、伏せてください。マイグレインが攻撃するかも」


 その言葉が罠であったとしても、伏せざるを得なかった。

 もし本当だったとして、極彩衣の魔女の魔法を直に受けたなら、俺の具現化の力もリリベルの魔法がまともに使えなくなってしまう可能性がある。


 死ぬ前の状態に戻るはずの不死の呪いが効かず、魔力管が傷付いている、らしい。絶対的な制約を付与する呪いを凌駕する魔法を、魔女の始祖たちは扱える。


 最悪な話、俺が魔法を受けることは良い。

 ただ、リリベルが魔法を使えなくなるようなことにはなって欲しくない。彼女が大切にしている魔法や魔女としての地位を脅かすことに繋がるからだ。


 だから、渋々ではあるが、モクの言葉を聞いてすぐに俺は、リリベルを地面に叩きつけるようにして地に伏せて、来るかもしれないマイグレインの魔法を避ける準備をした。




 伏せる動作のすぐ後に、目の前にあった全てが、視認できない程の数の穴を開けられて、そこから消えてしまった。


 魔法を放った向きのおかげか、館の形は残っていたが、館に至るまでにあった建造物は土台部分を僅かに残して、林檎を齧ったかのように削り取られて無くなってしまう。


 死体の山は、伏せた俺の目線と同じぐらいの高さ分しか残っていない。


 それ以上の高さで、この辺りで形を残していたのはモクだけだ。


「まず、私が防御するために詠唱した魔法と私の殺し方を教えるから」


 モクという魔女の殺し方を教えてもらうために、町娘は俺とリリベルに立ち上がるように促した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ