人としての死5
「アルカレミア君の防護壁を破るには、同時に攻撃した方が良いのだよ」
「それを、早く、言え!」
溶けて崩れかける教会が、光輪に触れて一瞬で鈍い黄色に変化したことが上から見て分かった。
飛び上がった勢いが頂点で止まり、彼女を抱えたまま落下を始める。
「このまま奴にやってやろう!」
「良いね」
俺は彼女に嘘を吐く。
リリベルの左手にまだ残っている黒い魔力の塊を、放出させたくなかった。
嫌な予感がしたからだ。
右衣の魔女の、リリベルが今放とうとしている魔法が重大なことを引き起こすという言葉を聞いた時から、嫌な予感がしていた。
この『雷歌』という魔法は、俺がこれまでに見てきた彼女が使う魔法の中で、最も高威力の魔法である。
魔法を受けた者は、文字通り塵1つも残さない。
それ程の強力な魔法を放てば、彼女自身にも悪影響を及ぼすのではないか。
リリベルという魔女は、その圧倒的な魔力量で敵を倒してきた偉大な魔女だ。
魔法を編み出す知識と発想力も持ち合わせており、彼女にできないことはないと思った。
彼女を愛するが故の色眼鏡だったのかもしれない。
だから、彼女の痛みに気付くことができなかった。
彼女は万能で何でもできてしまう天才だから、心配しなくて良いと思ったのがいけなかったのだ。
彼女を守るためにここまできた。
これ以上、彼女に傷付いて欲しくない。
その一心だった。
教会の開いた屋根から再び落ちて、右衣の魔女を視界に捉える。
リリベルの左手に俺の手を添え続けて、俺自身を具現化する。
頭の中の皆に助けを求めて、ヒューゴという人間の姿形の想像を手伝ってもらう。
俺1人では考えのつかない、俺が生まれる。俺と皆の想像の産物は、具現化されてすぐに、意志を持った。
1人の俺がリリベルを後ろから抱え込み、落下の衝撃を彼女に与えないようにする。
もう1人の俺が、空中に足場を作り、それを蹴って先に床に到着してから、その身を黒鎧に包んだ。
更にもう1人の俺が、落ちながら重量物を具現化して、右衣の魔女の頂点に当てようとした。
そして俺は。
俺は、リリベルの左手で解放を待つ『雷歌』の魔力を、全力で奪い取った。
リリベルが与えてくれた力は、リリベルと同じ魔力で力を振るえることを可能にした。
わざわざ彼女の魔力を俺の魔力として変換する必要はないため、すぐさまに黒い玉は縮小していった。
「え? ええっ!?」
「すまない、リリベル」
「醜悪な未来の子ども。その身にいくつの呪いを纏い、何百の魂を腹に収めたのでしょうか」
右衣の魔女が再び長い長い詠唱を始めた。
リリベルが具現化した俺に連れられるように落下して、俺の手から離れていく。
当然、落下しているのだから、起きていることは実際は全てが一瞬のできごとだ。
瞬きしている間に一連の行動は終わる。
だが、この場にいる誰もが一瞬一瞬を間延びするように感じていただろう。
砂衣の魔女の仕業だろう。
右衣の魔女の長い詠唱という大きな隙を、3人の俺が同時に狙い撃つ。




