人としての死4
リリベルの変態趣味には特に触れることなく、助けるべき命を助けた。
その間に右衣の魔女は、大きい声で長々と詠唱を行っていた。誠心誠意、真心を込めて行っているようだった。
俺が知る魔女たちの詠唱は、大半がひと言で済むもので、奴のように長くは語らない。
まるで俺たちに向けて演説をするかのような大袈裟な言葉の羅列は、攻撃を行おうとする者にしては、余りにも無駄が多い。
合理的には見えなかった。
『ヒューゴ、剣はそうして振るものではない』
『ヒューゴ殿、今だ! あー! 遅い!』
俺の頭の中にいる、戦いに覚えのある者たちが、具現化された俺の戦い方をダメ出ししてくる。
まるで興行に興奮している観客たちのようだ。
だが、俺にとっては酷い騒音にしかならない。鬱陶しいし気が散る。
魂を食って食って食い尽くした。
食っている間は、リリベルのことが気になって仕方がなかった。
気になる理由はリリベルが心配だからということは勿論あるが、大きな理由は別にある。
真っ黒で角のない小さな玉のようなものが左手にあった。それが『雷歌』という魔法であることは察しがついたが、以前見たよりも小さかった。
それでも、リリベルの左手から凄まじい魔力を感じるとセシルが言っていた。
彼女は掻き集められた魔力の塊を保持し続けたまま、具現化された俺や本物の俺を何度も見返すのだ。
一体彼女が何を企んでいるのか気になった。
気になっているのに、今度は右衣の魔女が気になることを言い始めた。
「未来の子どものために、もう1度注意しましょう。黄衣の魔女、その魔法を再び詠唱するなら、黄衣の魔女の望むことは何1つ達せられないでしょう」
リリベルはにやにやと笑っていた。
動揺することもなく、俺を一瞥して、わざとらしく笑顔を見せつけるのだ。
「リリベ――」
『攻撃魔法、片目瞑る真鍮製の土』
『赤花』
詠唱によって魔法が先に出力されたのは、赤衣の魔女の魔法の方が先であった。
剣を振ると、花の蕾のような炎が放出されて一気に開花すると同時に、炎が吹き上がる。花は1つだけでなく咲き乱れるようにいくつも広がる。
こんな狭い建物では、あっという間に火が回り始めてしまう。
肌が焼ける。
しかし、それは気にできなかった。
右衣の魔女が空中に描いた魔法陣から、光輪が広がった。
光輪に触れたものは、炎も、椅子も、壁も何もかもを黄色の金属に変化させた。
赤衣の魔女は、周囲の変化に気付いた途端に身体を素早く翻して、光輪を避けた。
しかし、それも気にできなかった。
リリベルを守る2人の俺が、光輪から彼女を守ろうと前に出た。俺だってあの位置に立っていれば、同じことをしただろう。
だから、2人の俺は金属になってしまった。
だが、それも気にはできない。
リリベルが笑っている。
1人だけになった俺だけを彼女はじっと見つめて笑っているのだ。
彼女の左手が徐々に開いている。
黒い玉が放出されるのを今か今かと待っていて、彼女はわざと俺にその様子を見せつけている。
わざとだ。
右衣の魔女の口から出た怪しげな言葉を俺に考察させて、1つの行動に出るように促しているとしか思えなかった。
『筋力強化』
お膳立てするようにアルマイオが、頭の中から俺の身体に魔法をかけてくれた。
歩くような動作をするだけで、ここからひとっ飛びでリリベルのもとまで近付けられる。
『止めなければ、自殺すると言っているのと同じよね……』
セシルが頭を抱えながらそう呟いた。
俺は1歩でリリベルの所に飛び、彼女の開きかけた左手を押さえた。
すると、笑っていたリリベルが突如表情を変えて焦り出した。
「あ、ヒューゴ君。違う、そうじゃないよ」
「え?」
予想はまるっきり外れていたようだ。恥ずかしい。
恥ずかしさを紛らわせたかった訳ではないが、目前まで迫っていた光輪から逃れるために、彼女の左手に手を添えたまま、彼女を抱き上げて思い切り飛び上がる。




