人としての死
ああ、そうだった。
俺が良く知る者たちは死んでいったのだった。
メルクリウスも死んだ。
クレオツァラも死んだ。
アルマイオも、多分死んでいる。
必死に王と戦っている間に、気付いたら皆力尽きて倒れていた。
誰も、ひと言も告げずに死んでいった。
鎧を脱ぎ、懐から知る神を取り出して開く。
知りたかった知識は、死者の蘇生方法だった。
本に尋ねると、いくつもの選択肢が表される。
しかし、そのどれもが俺の経験や能力、そして時間が不足していることを原因として、実現することはできなかった。
『死にかけで別れの挨拶をできる方が稀よ……これが普通……』
普通?
普通とは何だ。
普通でないことを求めてはいけないのか。
『落ち着いて……地獄で彼等の魂をまた救えば望みはあるでしょう……? だから今は、まだ生きている人たちがいる城に……』
「そうか、そうだ。魂だ!」
魂を退避させれば良いのだ。
セシルみたいに俺の中に魂を留めさせれば、彼等を現世に繋ぎ止めることができるじゃないか。
死体も残っている。塵にでもなって跡形もなくなれば別だが皆、魂を戻せる器がある。
魂さえ地獄に行かせなければ、死とは同義にはならない。
そう考えたらやることは決まっている。
死んだばかりの者から魂を取り出す方法を、教えたがりの神に尋ねる。
セシルが憐れみの目を向けながら、何かを必死に説得しているようだが、頭の中に入ってくることはない。
俺にはすぐにやらねばならないことがある。
早く皆の魂を取り出して、城へ戻る必要があるのだから、彼女の話を聞く暇はなかった。
本は教えてくれた。
魂を死体から抜き出す様々な条件と選択肢を教えてくれた。
俺は複数ある選択肢の中から、最も手順が早く、俺にとって難易度の低い方法を選択した。
魔法を作った作者の名前や、魔法が生まれた過程は読み飛ばし、必要なことだけを頭の中に入れる。
トゥット・オクーニリアという名も、簡単に素通りできた。
その過程でどれだけの犠牲を払おうと、俺の中で完結できる犠牲なら構わないと考えていた。
だから、選択した行為が、人としての倫理観を遥かに超えたものであっても気にはならなかった。気にしている状況でもなかった。
何でも教えてくれる本の通りに、魔法陣を地面に描き、魔法陣に手を置き詠唱する。
『魂吸い』
魔力の中でも、魂という特定の魔力を抜き出し、自分のものにする。文字を読むだけでも、相当に高度な魔法ではあるが、魔法陣はほとんど質素なものであった。
後に残る方法も至極単純な作業である。
何も辛いことなどない。
「エリスロース、痛みは我慢してくれ」
俺は魔法陣に片手をつけたままで、死にかけのエリスロースの身体を、彼女の本体である血ごと食らった。
がむしゃらに噛みつき、彼女の魂を探して食べる。
肉を飲み込む。
人の肉を食う嫌悪感ぐらい、彼女を救えるのなら気にはならない。
ひたすらにかじりつく。
身体は自然と拒否反応を示してしまい、せっかく食った肉が吐き戻されてしまう。
それでも構わずに食った。
そして、魔法陣の効力により、魂という魔力を取り出すことができた時に、ある感覚の変化が訪れる。
『ここは、どこだ?』
『エリスロース……?』
『お前は、碧衣の魔女か。なぜ、生きている』
頭の中にエリスロースの姿が現れる。俺の意思とは無関係に、勝手にエリスロースが身体を動かして、同じく頭の中にいるセシルと会話を交わす。
彼女の姿が、魂を取り込んだことであることの証だと確信した。
確信した俺は、周囲に山積みになった死体に駆け寄り、同じことをした。
魔法陣を描いて、詠唱しては食い、詠唱しては食いを繰り返した。
人を食った。ゴブリンを食った。
身体が、止めてくれと懇願するように嘔吐を引き起こさせるが、構わずに食った。
頭の中に、段々と人やゴブリンが増えていく安心感を得られて、幸福だった。
俺の姿を最初から見ていたセシルは、魔女の癖に至極正常な言葉を、俺にぽつりと投げかけた。
『人間をやめてしまったのね……』
◆◆◆
右手の感覚がない。
きちんと説明すると、右手で魔力を感じることができなくなってしまった。
右手を開いて閉じて開いて閉じる。でも、魔力を放出することはできないみたい。
『雷歌』を詠唱して、右衣の魔女ごと流星を雷に飲み込んだ。
でも、全ては飲み込めなかった。
流星の大半を飲み込むことはできたけれど、落下する質量の大きさと勢いも相まって、残りは目標に向かって飛んで行ってしまったみたい。
流星の落下時の衝撃波を受けて、バランスを失った私は教会の鐘楼の天辺から真っ逆さまに落ちてしまった。
屋根を突き破って、礼拝堂の祭壇に落ちてしまう。幸いなことに生きていた。
背中から落ちたから、呼吸が止まりかけて死ぬところだったけれど、団子みたいに避難していた人たちが私を起こして、背中を叩いてくれたおかげで助かった。
治癒魔法を知っているエルフや半獣人や人間が、一斉に私の傷を癒やそうとするのだけれど、色とりどりの魔力が私に流れてくる感覚は、今までにない感覚だったから、こそばゆかった。
身体が勝手にぷるぷる震えてしまうのは、恥ずかしかった。
「大丈夫ですか?」
「背中の傷は治した」
「私は足の裂傷を治しました」
「平気か?」
皆、随分と優しいものだね。
誰も彼もいつ死ぬかも分からない状況に、怯えた表情を見せているのに、進んで私を治そうとしてくれる。
不思議な考え方だね。
次回は2月25日更新予定です。




