血の死5
雷は、円の形をした防護壁に沿って右衣の魔女の背中側に回り、そのまま後ろへ抜けて行ってしまった。
詠唱や魔法陣はともかく、魔力の精製に関してはしっかりと練ったつもりだけれど、彼女には効いていないみたい。
それなら、私が知っている中で、最も威力の高い魔法を放つことにしよう。
五月蝿すぎて五月蝿くない雷で、持てる力を全て注ぎ込むから雷とは呼べない形の雷。雷としては歪だけれど、全力を出して魔法を詠唱することなんて私の魔女生でそうあることではないから、不思議と快感だ。
掌一点に魔力をぎゅっと凝縮すればする程、放出した時に全部滅茶苦茶にできる。
でも、たくさんの魔力を必要とするから、入念に魔力を掌に留め続けないといけない。
そうしたら、私を見た右衣の魔女が舌をべって出したんだ。
お茶目な魔女かと思ったけれど、いきなりその舌が二手に分かれたから、びっくりしたよ。
唇の真ん中を噤み、左右に分かれた舌が、それぞれ独立して動き出す。
すると驚くことに、唇の左側と右側がそれぞれ別の言葉を喋り出した。これもびっくりしたよ。
『死を尊ぶ。万象に及ばずあらゆる死に水を注ぐ……』
片方は魔法のための呪いだね。
「その魔法を詠唱してはいけません」
もう片方は、私の渾身の魔法に対するダメ出しだった。
『導は光。薄志弱行が星に沈むことを望む……』
「黄衣の魔女、その魔法を唱える度に魔力管が裂けて傷んでいます」
多分、昔はこんな変な方法で魔法の同時詠唱を実現していたのかもしれない。
「未来を生きるなら、その魔法を改良した方が良いでしょう」
ああ、そう。
「誰のための呪いの代償か知りませんが、それは死んでも元に戻ることはないでしょう」
私だって魔女だもの。私自身のことは何となく分かっているさ。
『雷歌』という魔法を放つ度に、頭に鈍痛が走ったり、以前と比べて上手く魔力が扱えなくなったりしていることも、当然知っているよ。
それでも、魔法を詠唱したい。どうしてもしたいのさ。
ダリアを酷い目に遭わせた黒衣の魔女への怒りや、ヒューゴ君が守りたいものを壊そうとすることへの怒り。
後は、この魔法を使うに相応しい相手が見つかったら、どうしても使いたくなってしまうという、ほんの少しの私自身の興味本位。
色々感情が渦巻いているけれど、行く先の点は同じで、右衣の魔女への攻撃として、この魔法を放ちたいという欲望が抑えきれない。
『果てに嘆くなかれ。かの日はいずれも祝福されず……』
「黄衣の魔女に自傷癖があるというなら話は別ですが」
「私も魔法を愛しているんだ。君とは違う愛し方だけれどもね」
「その割りには心から魔力の精製に集中できていませんね。黄衣の魔女が、黄衣の魔女自身の言葉に動揺しているように見受けられます」
ぎくっとする。心臓が摘まれたような気分になった。
「愛している」なんて言葉を使ったのがいけなかったみたい。
原因は、心の中の私が「今の私にはもっと別に愛しているものがあるでしょう」と訴えかけてきたからだと思う。
丁度、たった今思い浮かべたところだったから、次の瞬間に右衣の魔女に指摘された時は、つい心臓が跳ねてしまった訳さ。
先程からずっと、ダリアのための怒りと、ヒューゴ君のための愛がせめぎ合っているのだけれど、どうしてくれるの。
「……隙を見せた黄衣の魔女が悪いです」
「あ、ずるい!」
私は魔力を溜めるための時間を、右衣の魔女は魔法陣を含めた魔法全体の準備のための時間をそれぞれに要する。
他愛ない会話は、そのための時間稼ぎだった。
先に準備を終わらせた右衣の魔女は、私を動揺させるために、会話の終わり際にわざとあんなことを口にしたのだ。ずるい魔女だよ。
いや、ヒューゴ君のせいだ。
『攻撃魔法、数多星降る墓標の嘆き』
『雷歌』
詠唱する言葉の長さのおかげで、ほんの少しだけ遅れを取り戻すことはできた。
けれどその僅かな遅れが、右衣の魔女の魔法を実現させてしまう。
昼間の明るみに流れ星が1つやって来た。いきなり空が光ったと思った時には既に、城の防護壁を破って来た。
◆◆◆
緑衣の魔女の魔法が消えてしまった。
魔法でできた森が消えると、残るはいつも通りの森で、潜り抜けられる隙間がいくらでもできてしまう。
仮面たちは、城へ続くこの道を使う理由はなくなった。
森中に散開した彼らは、俺1人では最早止めることはできない。
失敗した。
『ヒューゴ、さっきから城の方で爆発が起きている……』
立っていられない程の揺れが、つい先程起きた。
背中から閃光を受けて振り返ってみれば、城の方が白く強く光っていた。
その直後に森でできた防護壁が消えてしまったのだ。
緑衣の魔女の身に何らかのことが起きたと考えることが自然であろう。
『ここで戦っても意味がない……守りを城で行うべきよ……』
セシルの言うことは分かる。俺だって、リリベルのために、すぐに城へ戻りたかった。
だが、死にかけの兵士たちがそこら中に転がっているのだ。
血が凝固しかけているエリスロースがいるのだ。
助けたい。
「気にするな、ああ私のことは気にするな……」
「置いていけるか!」
「お前では治せない。諦めろ」
エリスロースを城へ運ぶために、クレオツァラを呼びかける。
状況が変わり、俺が城へ退くことを彼に教えれば、さすがに彼も引き下がってくれるだろう。
「クレオツァラ! 頼む、手を貸してくれ!」
『それは無理よ……』
セシルは、俺のことをひたすらに見つめ続けていた。
この状況なら、筋力強化の魔法でも俺にかけてもらいたいのに、彼女は俺をずっと見つめ続けているのだ。
散々、俺に後悔している暇はないと説教していた癖に、何もしてくれない。もしかして戦い疲れて、絶望でもしているのだろうか。
『ヒューゴ。クレオツァラは死んでる……さっき殺された……。見ていたでしょう……?』




