血の死3
『瞬雷』
「おいおい!」
挨拶代わりに雷を放ってみたら、蒼衣の魔女に怒られてしまった。
「あいつら全員、お前を狙っているのだぞ! 居場所を教えてどうする!?」
「あ、目が合ったかも」
「姿がバレても、目が合ったかどうかなど、この距離から分かるものか……」
そうかな。
雷を放ってからずっと、彼女から放たれる殺意は私のことを貫きっ放しだよ。
「戦ってみるよ」
「よせよせ。黄衣の魔女では右衣の魔女と渡り合えるか分からない。錆衣の魔女ならまだしもな」
むむ、私が右衣の魔女に負けるかもしれないってことかな?
そう言われたら余計に彼女と戦ってみたくなるのが魔女の性というものさ。
「はあ……どうなっても知らないぞ」
「それなら私を止めてごらん。私を止められる魔女を連れて来るとかでも良いよ」
「そうさせてもらうぞ」
一方的に会話を終わらせずに、蒼衣の魔女にも選べる選択肢を残してあげた。
ヒューゴ君の言いつけを守る私はきっと彼に褒められるはず。
避難して来た人たちの群れを掻き分けて、たくさんの兵士や魔女たちに呼び止められても進み続ける。
向かっている間に、たくさんの魔法が空に向かって放たれた。
何人もの魔法使いや魔女が張った、国を守る魔法防護壁のおかげで、内側からでも魔法の威力は減衰しているみたい。
見た目は多少派手だけれども、効き目がありそうになかった。
右衣の魔女が高い場所に位置しているせいで、投石や弓矢の狙いが上手くつけられずにほとんど機能していない。
何人かは弓の名手がいるみたいで、正確に右衣の魔女に矢を飛ばすことはできているけれど、彼女の身体に刺さったりはしていない。
防御されているのかもしれない。
空を見ながら走って分かったことはそれぐらいかな。
ここが狭い国で良かったよ。すぐに国を守る城壁の歩廊に到着できた。
「黄衣の魔女!! ここで何をしている!?」
到着した瞬間に大声で怒鳴られた。
赤衣の魔女がたくさんの魔女を掻き分けながら、私の所へ突進してきて胸倉を掴んできた。久し振りに彼女のことを見たかもしれない。
怒っているみたい。
「立派な口髭だね」
「髭はどうでもよいわ! 卿はただちに城へ引き返せ!!」
「お断りいたします。私は右衣の魔女と戦うよ」
「この奇天烈小娘ぇ……」
そう言えば彼女は良く私のことを奇天烈小娘と呼んでいたね。
程々に容姿端麗、頭脳明晰の私を前にして奇天烈とは酷い言い草だ。
歩廊に溜まる魔女たちは、右衣の魔女にたくさんの魔法を放っていた。空はすごくカラフルで綺麗だった。
でも、彼女には全く用を為していない。
弱い魔女ばっかり集まったところで、1人の強い魔女を倒すことはできない。
「赤衣の魔女は、右衣の魔女を倒せるの?」
「当たり前だ。始祖の魔女とはいえ、所詮は現在の魔法を知らぬ時代遅れの魔女よ。故に、卿は城へ――」
『瞬雷』
話が長くなりそうだったので、右衣の魔女に雷を落としてみた。
そうしたら、赤衣の魔女は剣の鞘で私の頭を殴ってきた。
痛い。
絶対にコブができていると思う。
酷いよね。
「話を最後まで聞かぬは、卿の悪癖だと幾度も忠告したはずだぞ」
「まあまあ。彼女はもう私に釘づけみたいだし、城に逃げても意味はないと思うよ」
「屁理屈も卿の悪癖だ……」
「囮になるから、その間に彼女を倒してみせてよ。できないのかな?」
「ぐぬぬ、相変わらず口だけは達者だな……」
無駄な問答をしている間に、名もない魔女の1人が慌てながら、赤衣の魔女に状況の変化を報告した。
「赤衣の魔女様! 魔法防護壁が破られてしまいました!」
「10枚以上の防護壁が詠唱されているのだ! 1枚ぐらいで狼狽えるな!」
「全部です……全部破られました!!」
赤衣の魔女につられて、私も右衣の魔女の方を見上げる。
無色透明の魔法防護壁だったけれど、右衣の魔女が手を伸ばしたところだけ幾重にも変色していた。
硝子が割り破ったみたいに、彼女の近くの防護壁が砕けていく。
防護壁を詠唱している人たちは必死に修復したのだろうけれど、防護壁が綺麗に元に戻った時には、既に彼女は壁の内側に立っていた。
そして、彼女は私を睨むんだ。
皆が、右衣の魔女の信じられない行動を見たせいで、あれだけ詠唱する声で一杯だったのに、しんと黙ってしまった。
静かになったのなら丁度良い。
まだ下腹部がじんじんと痛むけれど、我慢して大きく息を吸い込んでから、叫んだ。
「おーい!! 私は黄衣の魔女、リリベル・アスコルトだよ!!」
現在の魔女の決闘の合図が、彼女に届くか分からなかったけれど、どうやら想いは伝わったみたいだね。
右衣の魔女は、まるでそこに階段があるみたいに空中を1段1段と降りて来た。
それで、彼女はこう言ったんだ。
「右衣の魔女アルカレミアです、よろしくお願いします」
「未来の子どもたちを殺すのは忍びないですが、黒衣の魔女のために一緒に目を閉じましょう」
多分、死んでくださいって言いたいのかな。
言っていることが良く分からなかったので、仕方ないから彼女に雷を放った。




