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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第19章 死守
555/723

血の死2

 

 ◆◆◆




「メルクリウス、下がってくれ!!」

「我輩と我輩の子らの名誉のために、どうして退くことができようか」

「……くそ!! くそ!!」


 臆病なゴブリンたちが、一切の怯えなく仮面たちに立ち向かって行く。

 なぜこんな時に限って、彼等は勇猛果敢になってしまったのか。


 戦いを止めないゴブリンたちと、彼等を守ることができない自分に、凄まじい怒りが湧いた。




 アルマイオの赤い鎧は、ツギハギ鎧の王に切られてから倒れたままで、それ以来動かない。


 身体の下の地面は、他より色濃くなっている。血が流れ出ていることは確かだ。


 彼だけではない。

 まだ辛うじて息のありそうな者が、視界の端に何人も見えた。

 まだ助けられそうな者が何人もいたのだ。


 助けたくても助けられない。


 助けに行ってしまえば戦いを止めることになる。

 戦いを止めてしまえば、既死者の仮面(デスマスク)が先へ進んでしまう。


 彼等が先へ進んでしまえば犠牲が増える。




「クレオツァラ! アルマイオを連れて逃げろ!!」

「無理だ!」

「無理ではない! 早く逃げてくれ! 彼を死なせるつもりか!」

「我々はヒューゴ殿の力になるためにここへ来た! 死など承知の上だ!」


 今、死ぬ必要はないと言っているのに、なぜ言うことを聞いてくれないのか。




流血(ノクタ・タ)




 また俺の言うことを聞いてくれなかった者が、大量の血を狭い道に流し込んで来た。

 川の流れと変わらない流量のそれは、敵味方構わず軽々と飲み込んでしまう。


 危うく溺れかけるところだった。


 だが、俺を含めた味方は、勝手に血流に逆らって仮面たちから距離を離される。血が、俺たちの身体を掴み離さなずにいてくれるからだ。


 血に触れた仮面たちは、花を咲かせるように身体中から鮮血を噴き上げながら、濁流に飲み込まれていった。


 相手の血を自分の武器にできる魔法は、便利なものだ。


「げほっ……エリスロースか」

「今は緋衣(ひえ)の魔女さ」




 チルとの交わした取引のおかげで、エリスロースは元の地位に戻ることができた。つまり、「緋衣」という冠で再び名乗ることができるようになった。


 新鮮な血液のように明るい赤色のマントを羽織る彼女は、祭りで首を切り落とされたあの時の女の姿で現れた。


「今すぐ彼等を全員城へ退避させてくれないか。それと傷付いた皆を癒やして欲しい」


 白衣(はくえ)の魔女と同様に、他者の傷を癒やすことを得意とする彼女が、この場に来たことは僥倖(ぎょうこう)である。

 彼女の魔法なら、兵士たち全員をこの場から退避させることができる。


 しかし、その願いは彼女によって即座に否定されてしまった。




「無理だ、ああ無理だ」

「なぜだ」

「全員、黒衣(こくえ)の魔女の病に冒されている。城に退避させればどうなるのかは分かるだろう?」


 何と残酷な言葉だろうか。

 黒衣(こくえ)の魔女の病を治せる魔女は、数少ない。今、治している暇はない。


 黒衣の魔女の病を見てきたからこそ、彼女の言葉は重く心にのしかかった。


 俺たちのこの先の運命は決定づけられたようなものだ。


 傷を治して、死ぬまで戦い続けるしか道が残されていない。


 病が進行して自らの制御が利かなくなっても、殺すしかない。




 白衣の魔女をここに呼び寄せることはできない。

 俺たちを救うために、彼女とクロウモリの命を危険に導きたいとは、どうしても考えることができないからだ。誰だって、犠牲を食い止めるために、新たな犠牲を生ませる無責任な行動をしたいとは思わないはずだ。




 彼等が城から出ないように、呪いでもかけておけば良かったと()()する。




「血が、凝固している」


 エリスロースは自信満々に自らに起きている異常を教えてくれたが、表情はどこか悲しげに見えた。

 彼女の操る鮮血が、徐々に粘度を帯びていることはひと目で分かった。


 彼女に悲しげな表情を作らせてしまった己の力不足にまたまたまた嘆き、後悔した。




 ◆◆◆




 早くヒューゴ君に会いたいのに、邪魔が入ってしまった。


 山の崖側の方から敵が来たみたいなんだ。


 他の魔女たちが、皆して怯え始めたから、てっきり黒衣の魔女でもやって来たのかと思ったら、どうやら別の魔女みたいだった。




黄衣(おうえ)の魔女」

「ああ、丁度良かった。蒼衣の魔女、一体これは何の騒ぎなのかい?」


 蒼衣(そうえ)の魔女、アメルダ・チューリオットが、私を呼び止めたんだ。


 4本の腕を忙しなく動かしている姿は、裏っ返しになった時の虫みたいで面白い。


 彼女も他の魔女と同じように動揺していた。彼女が動揺するのは珍しい。

 だから、どうやら崖の方から来た敵は、彼女すら動揺させるくらいの有名人みたいだね。


「古い魔女が現れたぞ。とっくに死んでいるはずなのに……」

「では、生き返ったのだよ」

「簡単に生き返ってもらっては困るぞ」

「世界の終わりなんだから、誰かが生き返ることもあるでしょう。ちなみに、何という魔女なのかな?」




 蒼衣の魔女がその名を話そうとしていたけれど、お昼時の空が更に明るくなってそちらに気を取られてしまった。


 明るい方を見てみたら、空の明るみに点のような小ささの人影が見えた。

 ひと目見て、この城を見下ろせる位置にいる人影に対して、ちょっとだけ嫉妬してしまったよ。だって、格好良いんだもの。


右衣(うえ)の魔女だぞ。姿形は伝承で語られた姿形と同じ。黒衣の魔女に憧れた、魔女の始祖の1人だぞ……」

「あー、聞いたことあるかも」

「右衣の魔女アルカレミアだぞ! 聞いたことあるかもなんて言うレベルではないぞ」

「あー、そんな名前だったね」




 幼い頃に、ダリアに御伽噺(おとぎばなし)を読み聞かせてもらったことがあったことを思い出したよ。


 右衣の魔女アルカレミア。


 黒衣の魔女の魔法を見て、憧れて、自分も魔女になった人間だったね。




 そして、魔女の中でも1、2を争う程、魔法を作った魔女だったね。


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