王たちの死2
これからだという所で、部屋にチルが入って来た。
「ヒューゴ様。城の修復も城外の防壁も準備できました」
ポートラスは、人がいなくなってからそれなりに時間が経っている。城壁も民家も館も修理が必要だったため、チルに頼んで直してもらった。
また、ここに来るまでの道のりは、緑衣の魔女によって変えられている。
森は魔法で土が見えなくなるまで植物を生やし、森の密度を上げている。文字通り足の踏み場もない。
ただし、人1人分だけの道は確保されている。
その道は味方のための道ではなく、敵のために用意したものだ。敵たちを城門だけに向かわせて、俺が迎え討つための道なのだ。
「それともう1つ。敵が来ましたよ」
「ギリギリ間に合って良かったな。最前列はどの辺りにいる?」
「森の始まりに入って来たばかりですけれど、すぐに城に辿り着くと思いますよ」
さすが名のある者たちで編成された軍勢だ。
長い森を歩かせて行軍で敵の勢いを削いでやろうと思ったが、距離は意味を成さないようだ。
「そう……行ってしまうのだね」
リリベルの方から俺の手を離してしまう。
そして、彼女は俺の手を突っぱねて俺の身体ごと向こうへ押しやってしまった。私のことは気にするなと言う意味なのだろうが、実際に彼女から手を跳ね除けられると嬉しい気分にはならない。
自分自身への勇気づけのために、彼女の顔をこの目に焼き付けてから、唇にそっと触れる。
「すぐに戻る」
「気にしなくて、良いよ。君が守りたいものを、全部守り通す姿を見せておくれ」
彼女は言葉で更に俺を勇気づけてくれた。
「あ、でも……守り切ることができなくて、悲しむ君の姿も見たいかも……いたっ!!」
やっぱり、この魔女は変わらない。狂っている。
いつも通りに狂った言葉を吐くリリベルに、思わず声を上げて笑ってしまった。
それだけで、心にのし掛かっていた焦りは幾分か消え去った。彼女の言葉は、俺の感情を簡単に動かしてくれる魔法の言葉だった。
『転移』
俺は、懐に知る神という本を持っている。
知りたいことを全て教えてくれる神は、俺にあらゆる知識を授けてくれた。
チルが使っていた転移魔法の魔法陣や使い方、それを本から聞き出して、自在に移動する手段を手に入れた。
辛うじて生き残った者たちをポートラスに集めることができたのは、この魔法のおかげだ。
転移魔法など普通の魔法使いが使えば、あっという間に魔力が枯渇してしまうが、俺は無尽蔵に詠唱できる力がある。
この世界中の魔力は、俺の自由にできるからだ。
俺はこの国を構成する山の麓近くの森に、一気に移動した。
瞬き1つで地に着く足の感覚や、周囲の匂いや、風や熱の感じ方がガラリと変わる。
木板の床が土に変わり、両側には気持ち悪くなる程に幹の太い樹木が他の樹木と絡み合って、壁を作り出していた。
魔力を固めて、黒鎧と黒剣を具現化してからもう1つ、目玉も具現化する。
その目玉を横の木の生え際に、前方が見えるように調整して置く。
頭の中のセシルが戦うための視界を確保するための目玉だ。
知る神のおかげで、目として正しく機能する完全な物を作り上げることを可能としている。セシルの魔法で、正しく視界を奪える目玉だ。
『本当に、神様のようね……』
セシルだけでない。その他の魔女たちにも同じように言われた。
本とリリベルの力で、俺はありとあらゆる物や魔法を使えるようになった様を、全知全能と同じではないかと囃し立ててきたのだ。
正直、実感は全くない。むしろ自分自身に失望すらしている。
本当に全知全能で、望むこと全てを叶えられるのなら、山奥の城に守りたい者たちを集めて構える必要などないからだ。
全て救えていたはずだ。
『あ、ごめん……余計なことを考えさせてしまったわ……』
セシルの言葉で現実に引き戻されて、目の前に仮面を被った者たちの姿を補足する。
「彼等を止めるぞ」
『勿論……』
城を守る者たちと黒衣の魔女の手先たちとで、本格的な戦いにはさせたくない。
その一心で、1人の騎士と頭の中の魔女だけで、戦いを始めた。
先頭を歩く剣を持った大柄な仮面が、俺を視認するなり、ひとっ飛びで距離を詰めて来る。
剣と剣を交えようと構えたが、相手の腕力と余りにも差がありすぎて、交えた瞬間に身体ごと横に吹き飛ばされてしまう。
『1人飛び越える……』
セシルの指摘で無意識に即座に身体を切り返して、大柄な仮面を軽々と飛び越えて、先に進もうとする別の仮面の足を掴み地に下ろす。
うつ伏せに転んだ仮面に、剣を突き立てるがまだ足りない。確実に殺すために何度も剣を背中に向かって突き刺す。
その間に、後ろから衝撃を受けて転がされる。
大柄な仮面の追撃だった。
「ここから先を進ませるつもりはないぞ」
威嚇のつもりで声を張り上げてみたが、大柄の男の追撃は止まらなかった。
会話をしようとする様子もない。
ただただ戦うために作り上げられた部隊だと知って、諦めて手中に魔力を溜め込む。
「会話ができないのは寂しい……な!!」
重厚な金属音は、剣と鎧の接触音から来るもので、同時に俺の首辺りから軽快な音が鳴る。
「セシル! 瞬雷だ!!」
頭を基点に身体がぐるりと回転するが、慣れた衝撃だ。
すぐに体勢を立て直し、次の攻撃が来る前に、仮面に取りつく。
そして仮面の顔面に手をかざして、溜めていた魔力を放出しながら、セシルが俺の頭の中で思い浮かべてくれた魔法陣を借りて詠唱する。
『瞬雷!』
同時に複数のことを頭の中で思考することは俺にはできないが、セシルの力を借りれば可能となる。
放出した魔力はリリベル程ではないが、立派な雷となって大柄の仮面と、その後ろにいる仮面たちを消し炭にする。




