王たちの死
さすがに、この大陸の中心的な存在であったレムレットという国に歯向かっただけのことはある。
全身黒ずくめの鎧やローブで身体を覆い、怪しげな仮面を被った既死者の仮面は、1人殺すだけでも骨が折れる。
彼等は皆、元はレムレットの部隊の1つである。
レムレットとの戦いに負けた兵士や王族たちを心まで抹殺して、マスクを被せて軍隊として編成した者たちを、既死者の仮面と呼ぶ。
彼等に取り付けられた金属製の魔法のマスクは、魔法によって生きていた時の名残を自身から消し去り、ただただ戦う意外に目的を持たない兵士に変えさせる。
死ぬまでマスクが外れることはないから、顔が分からないし、それまでの生きていた記憶すら他者に発することができなくなるために、その者を示す証は何1つない。故に、彼等は生きてはいるが死んだも同然である。
そのことを揶揄して、彼等は既死者の仮面と呼ばれている。
レムレットが滅んだ今、既死者の仮面は黒衣の魔女の管理下にある。
元々、彼等を従わせていたのはラズバム国王だった。
しかし、彼はオルクハイム王子に殺されてしまった。恐らく、黒衣の魔女の狙いは初めから、自分に融通が利く手駒を手に入れることだったのだろう。
彼等は、星たちの落下によって死を免れた者たちを確実に殺すために、世界中に散らばっている。
魔法によって植物を介して情報を得ることができる緑衣の魔女が、世界中の状況を把握しようとしたが、結果は芳しくなかった。
流れ星が植物ごと地上を破壊したせいで、情報の伝達が上手くいっていない。
無事に上手く情報を伝達することができても、分かったことはそこにいる何もかもが死んでいたということだけだった。
それでもまだ生き残っている者たちをどうにか説得して、過去に訪れたこのあるこのポートラスという国に避難させた。
砂の亡国ネテレロと同様に、既に滅んでしまったこの国で、俺は皆を死守する。
半日前に記憶を遡らせる。
「ヒューゴさん。妊娠中の人はお腹の子を守るために、気が変わります。リリベルさんが怒りっぽいのは、1番守ってもらいたい人に守ってもらえないからなのですよ。それをヒューゴさんという人は……」
リリベルがいる前で俺は白衣の魔女オルラヤ・アフィスティアに怒られていた。
リリベルがどれだけ大変な状態で俺が連れ回し続けていたのかを、彼女の知識で細かに説明された。
でもやだってを言ってはいけない。言えば彼女に身体を氷漬けにされる。
今だって、やっとのことで身体に張り付いた氷を崩して解いたところだ。
『ヒューゴさんもリリベルさんを守るためにやったことですから、許してあげてください』
クロウモリが俺の味方をするのは、俺と仲が良いからとか男同士だからとかが理由ではなく、オルラヤの怒りの余波で自分も氷漬けにされかけているからだろう。
ここは、故フェルメア王妃の居室である。
国の最も高い場所に位置するコの字に広がった館に、かつてミレド王とフェルメア王妃は住んでいた。
館の両端にはそれぞれ1本ずつ三角帽子の長い塔が建っており、正面から見れば綺麗な左右対称となっている。
館の左側はミレド王の領域、右側はフェルメア王妃の領域であり、俺たちはフェルメア王妃の領域である館の右側にいる訳だ。
この地に来た理由は、産気づいたリリベルを守るためである。
山1つを国とするポートラスは、小さな国ではあるが、山肌険しくそれなりに標高の高い山の上に城を建てているため、防衛には向く土地だ。
そもそもそれ以外の防衛に向きそうな場所は、大半が蒸発している。
モドレオとアルマイオ、そしてトゥットの協力によって、ポートラスには魔法防護壁が仕掛けられている。
賢者の石を持った者たちの強固な守りによって、空からの攻撃に憂いはないだろう。
守るべきは地上からの攻撃であるが、この国に入るための入り口は1箇所しかない。そこを重点的に守り、崖側は万が一のために要所要所に戦える者を置いている。
リリベルとその他の生き残った者たちを守る準備は万全にできている。そう信じている。
『ふふん』
ベッドで寝ている汗まみれのリリベルが痛みを我慢する魔法を詠唱すると、オルラヤが彼女の頭をはたいた。
「何をするのさ」
「痛みを我慢しては駄目です。出てくるものも出てこなくなりますから、しっかりと痛みを味わってください」
「え……だって……」
俺と同じように言い訳をしようとしたリリベルが、オルラヤに再びはたかれる。
観念したリリベルが痛みを我慢するのを止めると、一気に彼女の表情は苦悶に満ち始め、低重な唸り声を上げ始めた。
「大丈夫か、リリベル」
「君に格好悪い姿を見られるのが嫌だから……いっ……我慢していたのに」
この期に及んで彼女はまだ体裁を気にしていたようだ。
既に彼女の格好悪い姿を何度も見てきたし、何なら俺の方が酷い姿を何度も見せてきた。今更隠すことなどないと言うのに。
『女性が美しくあり続けられるよう努力することと同じように、リリベルさんも格好良く見られ続けたいんですよ。多分』
クロウモリが紙に書いた文字を見せてそう言った。
そう言われてしまうと、気持ちは分からなくもないと思ってしまった。
「では、俺は部屋を出ているから――」
リリベルの顔の汗を拭ってから、部屋を立ち去ろうとすると袖口が引っ張られた。引っ張ったのはリリベルだった。
「リリベル? 格好悪い所を見られるのは嫌だったのでは?」
「見られることが嫌なだけで、どこかに行って良いとは、いっ!! ……てないからね……」
「分かった。それなら敵襲の知らせが来るまではここにいる」
痛いだろうに彼女はやたら口数が多かった。そこで彼女の気持ちが分かった。
彼女の傍に椅子を持ってきて、彼女と手を繋いだまま俺は誰もいない壁の方を見ることにした。
「あの、リリベルさん。覚悟が決まったならそろそろ息んでください」
オルラヤが彼女に発破をかけて、少しの間があってから、小さな彼女の手が強く俺の手を握った。指が食い込んで痕ができるのではないかと思えるぐらい、強く握られた。
俺は、その手をなるべく優しく握り返して、彼女を勇気づけた。




