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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
546/723

1人だけの騎士3

「あえ?」

『ヒューゴ……何をしているの……?』


 俺は雷を真正面から掴んで、それを横に逸らした。


 やってみたらできた。

 正確には想像してみたらできた。


 本を口で挟んで、赤茶髪の女を抱え上げて、横に扉を蹴破り、通路に向かって飛び込む。

 背中に何かが掠める感覚を感じながら、女ごと転がっていくと、勢いがつきすぎて通路の向かい側の部屋の壁を突き破ってしまう。


 転がりながら再び立ち上がる。


「ウオォ! ウヴォオオォ!! ヴォッ!!」


 黙する神(シーゲア)の怒りを背中に感じながら、目の前の壁に向かって肩から突進すると、クッキーのようにサクサクと壁は壊れていく。


「いたっ」


 抱えた赤茶髪の女の頭の方が肩より先に壁にぶつかってしまうので、壁を突き破るたびに一々声を上げてくるのだ。


『ちょ、ちょっと……ここからどうするのよ……』

わああん(わからん)!」

「えー、何が?」

おあえには(おまえには)あえっえあい(しゃべってない)!!」

「ヴォオォォ! オオウ! オオウ!」

ううあい(うるさい)!」




 後ろで聞こえてくる音は建物が崩壊する音と神の怒声だ。

 壁を突き破るたびに、辛うじて建物としての強度を確保していた部屋たちが、役目を終えていく。

 壊れた部屋を起点にして、上階の部屋たちもそこに雪崩込んでくる。


 逃げようとする目の前の壁も自壊を始め、そのまま破壊の輪が広がっていくと、まるで滝のように両側から建物を構成する全てが崩れ落ちてきた。

 このままの速度ではいずれ雪崩に飲み込まれてしまう。


 同時に咬筋力が徐々に失われて、口から本が落としてしまいそうになったので、抱えている赤茶髪の女の腹あたりに本を放り捨てて、すぐに奴に命令する。


「本を取って開いて俺に見せろ!」

「えー? いたっ」

「早くしろ! 絶対に落とすなよ!」


 渋々と奴は本を手に取る。

 さっさと本を開けと言いたかったが、何枚もの壁をぶち破り続けなければならなかったので、余計な言葉は話していられなかった。


 ようやく奴が本を開いた状態で俺の顔の前に差し出してくれた。




 知る神(ケセロ)は必死に本を閉じようとしているが、俺に知識を披露したい欲求もあるようで、頁には文章が書かれていた。

 走ることで身体は揺れるし、両側から粉々の瓦礫の破片が落ちてくるしで、まともに文字などは読めなかった。

 だから、彼女に頼むことにした。


「セシル! 黙する神(シーゲア)の怒りの鎮め方が書いてあるはずだが、読めないか!?」

『私も同じ状況なのだけれど……揺れている中で文字を読むのは……酔ってきた……』


 彼女は、あーとかえーとか唸りながら必死に文字を読み解こうとしてくれた。

 彼女が文字を読み終わるまでは、死ぬ気で逃げ続ける。


 たまに視界の端に、黒い触手のようなものが一瞬映る。少しでも走る力を緩めれば、黙する神(シーゲア)に捕まる。




『えー……生活の証……んー……』

「セシル! そろそろ!! 頼む!!」

『えー……しょく……食事……! 食事を摂ること……!』


 食事。




 チルたちと会話をした影響なのか、命の危機に瀕しているからなのかは分からないが、やけに頭の中に閃きが訪れていた。


 赤茶髪の女が放った雷を防いだ時もそうだ。

 雷を集めて放出できる手袋を具現化する思いつきは我ながら良い考えであったと思う。


 そして今、食事を摂る必要があると分かって、パンを具現化した。赤茶髪の胸元に落ちるように位置を調整して、パンを2つ生み出したのだ。


「本は閉じて良い! パンを食え!」

「あえ? いたっ」

「今すぐ食え! 後、もう1つを俺に食わせろ!!」


 既にセシルにはパンを与えている。

 頭の中で彼女は、パンを無心で貪っていた。


『美味しいパンね……』


 リリベル手製のパンならすぐに形も味も想像できるから、具現化するなら最も適している。味は保証する。




 赤茶髪の女は目を丸くさせたまま、本を閉じて胸元に置いて、恐る恐るパンを手に取り口に運ぶ。

 そして、同時に奴の手からパンを咥えさせられる。


 肩を思い切り掴まれそうになったところだったが、どうにかにパンにかぶりつき飲み込み、いつもの感想を思い切り叫ぶ。


「美味い!!」


 リリベルが作ったパンは絶対に美味い。それを完全再現して具現化したのだから不味いとは言わせない。


「お前も、美味しいよな!?」

「うーん、砂……」

「美味しいよなあ!!?」

「美味ーい」

「良し! 俺にももう一口食わせろ!」

『滅茶苦茶ね……美味しいけれどさ……』




 パンが美味いことを後ろにアピールしながら、死ぬ気でパンを食い続けながら走った。

 鼻息を荒立てながらパンを食う男は、側から見れば狂人にしか見えないだろうが、結果としてこの行動は功を奏したのだから、やってみた甲斐はあった。


 肩にかかっていた神の力はいつの間にか離れていた。怒声もピタリと止んでいた。


「俺の後ろに何もいないか確認してくれ!」

「いたけれど、砂に埋もれちゃった」


 瓦礫の滝に飲まれたということは、神が動きを止めたということだろう。




『食事と団欒を行うことが……そこに生活していることの証になるって書いてあったような気がする……』

「セシルの読んだ通りだったということだろう。ありがとう」




 筋力強化もなしに全速力で走り続けたため、肺が潰れるかと思ったが、何とか身体が保ったから良かった。

 次に破った壁で通路へ出ることができた。壁を突き破ることを止めて、横に急転回して通路を走る。

 黙する神(シーゲア)と建物の崩壊が此方に迫って来ないことを何度も確認してから、徐々に速度を落として、ようやく息を整える。


 パンを食べながら息を吸うことがこんなに辛いことだとは思わなかった。


「ぜえ……何とか……はあ……なったな」




瞬雷(しゅんらい)




 声で分かった。雷を放った者はリリベルである。




 光の筋によって目の前の通路が一瞬で塵へと変化する。

 塵へと変化した場所から、彼女は顔をひょっこり覗かせて、俺を視認した。


「ヒューゴ君、その女は誰かな?」


 眉間に皺を寄せた彼女が怒り狂う前に言い訳の1つでも言いたかったが、先に黙する神(シーゲア)が彼女に迫ってこないように対策を打たねばならなかった。

 急いで彼女の方へ駆け寄って俺が食べていたパンを口に突っ込んだ。


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