1人だけの騎士2
爆音は目の前の壁を貫いた。
風圧と共に雷霆が通り過ぎて行くのが見えたが、目や耳に嫌な感覚が残らなかった。リリベルの雷だけが、柔らかく俺を攻撃できるから、そういうことなのだろう。
リリベルが近くにいると分かったら、先に黙する神を対処する必要がある。彼女が虫に変えられたら困る。
勿論、リリベルを狙っている赤茶髪の女にも注視しなければならないが、殺されるのと虫に変えられるのとでは、虫に変えられる方が困るだろう。神の力にどれだけの強制力があるのか分からないが、万が一元に戻せないとなれば、一貫の終わりだ。
死んだ方が、殺した方がマシだと思ってしまうような状況にはなりたくない。
スーヴェリアの大凡の位置を頭に叩き込んでから、本を開き直す。
本の中にいる神に、黙する神の居場所に関する知識を欲すると、神は嫌々ながらも教えてくれた。
知る神に教えてもらった通りに、本を読みながら道を辿っていく。
本には建物内の地図と黙する神の居場所を示す赤い点が描かれていたが、正直読む意味はあまりないだろう。
この本を読んで分かるのは、黙する神が静寂を破る者たちに怒り狂っていることと、地図上の赤い点が凄まじい速度で移動していることだ。精々、神がいる方向へ向かうことぐらいしか俺にはできない。
『音でも鳴らしてみたら……? でも、会った後はどうするつも――』
「黙する神よ! 俺はここにいるぞ!! え?」
『え、じゃないわよ……』
黙する神がリリベルに会わないようにすることに集中していて、俺が囮になったその後のことは全く考えていなかった。
セシルの片目がじとっと此方を睨んでいるが、もう遅い。
動き回っていた赤い点が一直線に此方に向かって来ている。
そこで、ハッと思い出す。
背中に担いでいるヴラスタリから貰った罠が役に立たないだろうか。
『小人族が作った罠で神がどうこうできるの……?』
セシルの質問に答えている暇はなかった。
赤い点の高速移動を目で追って後はどうしようかと悩んでいる間に、黙する神がやって来て、何の準備もできませんでしたでは洒落にならない。
茶皮の袋を開き、走りながら罠を取り出す。ヴラスタリの言いつけ通り、罠を起動させるための2本の紐を引っ張ってから、床に置いた。
罠が効果的に発動できる場所などを吟味している暇はない。起動できたと思った罠を片っ端から放り投げていった。
『落とした衝撃で爆発しないか心配……』
どのみち爆発したところで、被害を受けるのは俺か神のどちらかだ。問題はないだろう。
『またそういうことを……あ』
セシルの呆けた声と共に、ランタンの光に当てられた通路の奥から黒く蠢くものが、凄まじい速度で迫りかかっていた。
茶皮の袋を背負い直して、元来た道を引き返す。
まずは罠、物理的な攻撃が効くのかを確かめられれば良い。
仕掛けた罠を飛び越えて、振り返ろうと立ち止まった所で、突然壁が左側から吹き飛び身体が浮き上がる。
『瞬雷』
雷の力は、壁の意味を感じさせない程に、背中で何枚もの壁を突き破らせたことを伝えた。
ぶつかるもの全てが簡単に破壊されてしまうので、中々止まることができなかったのは焦った。
『矯正措置……』
頭の中のセシルの魔法で、すぐに白ボケた視界が元に戻る。
「あーあ、元黄衣の魔女じゃない。さっきのきしだ」
帯電状態の赤茶髪の女がすぐ目の前にいた。
突き破ったいくつもの壁の奥の方で、赤い発光が数度確認できた。
黙する神が踏み抜いたのだろう。
「邪魔だどけ!!」
「えひゃ」
ただ笑うだけで一切退く気のない赤茶髪の女に、嫌気が差してくる。殺意が湧く。
だが、殺意を行動に表すことはできない。チルから彼女たちの身の上話を聞いた今、どうしても同情してしまうからだ。
セシルは殺せと言う。
チルも殺した方が良いと言っていた。
これが投票なら、2対1で殺すが可決されることになる。
『考えている暇はないって言っているでしょ……!』
ランタンの光に照らされた赤茶髪の女の向こう側に、照らせる暗闇がいた。黙する神がいた。
はっきりと俺を視認して怒り狂っている。
赤茶髪の女は、聞こえているはずの神の咆哮を気にせず、避けようとする素振りも見せず、俺に向かって手を伸ばしている。
このままの状態でいれば、黙する神は赤茶髪の女を巻き込んで俺を罰しようとするだろう。
『ヒューゴ……!!』
1人でも赤茶髪の女が死ねば、残りの2人はまともに魔法を使えなくなる。それだけで赤茶髪の女は無力化したも同然だ。
後の2人を殺す必要はなくなる。余計な殺し合いをせずに済むし、体力を使わずに済むし、良いこと尽くめだ。
1人だけ犠牲にすれば良い。
そうすれば、俺たちはこれ以上被害を生むことはなくなる。
犠牲になるのに、丁度良い女が目の前にいるじゃないか。
『瞬雷』
赤茶髪の女の嘲笑のような詠唱によって、閃光が広がる。




