1人だけの騎士
「私たちの願いは理解できましたか、ヒューゴ様」
「願いというよりかは脅迫だろう。だが、リリベルについて知らないことを教えてくれたことには感謝する」
「では、ヒューゴ様のために有益な情報を教えましょう」
「有益な情報?」
トゥット、ラザーニャ、ダリアは用が済んだとばかりに、席を立ち部屋を去って行った。
ダリアとトゥットにはもう少し聞きたいことがあったのだが、チルが会話から逃してくれなかった。
「ヒューゴ様が先程までいた砂の国での、3人の魔女についての情報です」
「彼女たちは魔女になりたがっている不完全な魔女です。1人の魔女ができることを3人に分けて魔法を唱えています」
赤茶髪の女たちは、魔力の操作、詠唱、魔法陣の役割がそれぞれに分かれているようだ。自力でリリベルの魔法を詠唱する実力が不足しているため、知恵を集結してその形態をとったのだ。
「あの3人はチルたちの差し金か?」
「いいえ。彼女たちは自由に行動して、リリベル様を襲おうとしています」
「彼女たちも、魔女として生まれたのか?」
「はい、その通りです。ですから、殺しても問題ありません」
俺が聞きたかったのは、殺しの許可ではない。
魔女が生まれた背景を聞いた今、その境遇を受けた3人を意気揚々と殺しに行ける程、俺の心は切り替えが良くない。
「ヒューゴ様のために働いた竜人が、死にかけているのに彼女たちは救う気なのですか?」
「もし死んでしまったら、竜人は無駄死になるのですね。可哀想です」
誰がどう死のうと興味がないチルの言葉は、全く心に響かなかった。
彼女は挑発しているのだ。俺が無慈悲に赤茶髪の姉妹を殺すことを望んでいるのだ。
赤茶髪の女たちの情報が聞けただで十分だったし、それ以上の情報はなかったため、今度こそ俺は廃都に戻ろうと席を立つ。
「俺を廃都に戻してくれ」
「歩いて行けますよ」
「は?」
「ここは廃都の王城跡です。ヒューゴ様は地図を持っていますし、すぐに行きたい場所へ向かえると思います」
この聖堂の敷地から1歩出れば、セシルの魂も頭の中に戻るとチルは笑った。
廃都がなぜ廃都になったのか。
それは魔女たちの仕業だ。
彼女たちは、秘密の魔女のたまり場を作るために、国1つを消し去った。
神々が暴れ狂うこの地なら、誰も侵入したがらないことを考えてあえてここを本拠地としたのだ。
建物の外に出ると夜空が広がっていた。
雲1つない澄んだ満天の星空は、亡国ネテレロとそっくりの風景だった。
そのまま敷地を歩き続けると、ある地点で地面の質感が此方側と全く異なる場所に出る。
聖堂の敷地だけが渇く神の砂から守られている。
ここから1歩前に出れば現実に戻ることは確かだ。
ひと呼吸置いてから一気に走り出すと、頭の中で怒声が響いた。
『ちょっと……!! 聞いてるの……!』
きっと今まで俺に対して語りかけていたであろうセシルは、いつまで経っても返事をしない俺に苛立っていたのだろう。
『やっと返事した……』
知る神を開きながら、セシルにこれまでの経緯を全て話した。
心の中で考えるだけで彼女に悟られてしまうなら、隠すことはできないだろうから、今のうちに話しておいた方が良い。
『知らなかったわ……』
魔女協会の秘密は限られた者しか知らないことだ。
セシルは最初、俺の話を受け入れようとはしなかったが、走り続けている間に徐々に信じ始めるようになった。
何か思い当たる節があったのだろう。たくさんありそうだ。
知る神の本は、建物の地図上に動くいくつかの赤い点を示してくれた。
その点たちは俺が会うべき者たちだ。
廃墟内を走ると、さすがに床はボロボロと踏み抜けていった。
走りにくいので足を落とす先に床を具現化した。一瞬だけであれば具現化した床と元の床が接地していなくとも問題はない。
最初からこの発想に至っていれば、楽に逃げられたことを考えると後悔が表れるが、仕方がない。
まずはスーヴェリアだ。
彼の状態を第一に確認しに行かなければならない。
「知る神よ。どうか竜人の居場所を教えてくれ!」
神に願った。
知る神は確かに俺の願いを聞き届けてくれて、頁をめくると彼の場所までの道順を文章で教えてくれた。
しかし、それが読み終わる前に本は勝手に閉じようとしてしまう。何かに怯えるように本は必死に震えてもいた。
本に異変が生じたのと同時に、建物内に音が響き渡ってきた。
1つは複数の雷鳴が建物内を巡る音だが、もう1つは静寂を守る神の怒号であった。




