2人とも黄衣の魔女8
「……魔力管は? 俺には魔法を十分に扱うことができる魔力管はないはずだぞ」
「リリベル様が丸ごと組み換えました」
「そのようなことが簡単にできるのか」
「肉体が変化に適応できるように、リリベル様は私たちと同じように、ヒューゴ様に対してあらゆる種族の血を取り込ませました」
「一体、いつそんなことを……」
「血を操る魔女がいるでしょう。エリスロース様のおかげです」
つまり、最初からだ。
リリベルと出会って、サルザスから逃れて、辿り着いた町で知り合いに会いに行くと言ってエリスロースの元へ向かったあの時から、彼女の悪巧みは始まっていたのだ。
彼女との日常での何気ない会話の中で起こった約束事は、『魔女の呪い』をかけるための儀式だった。
知らぬうちにリリベルに呪いをかけられたことが、嫌だという話ではない。
ただただ、彼女の根回しの良さに感服しているのだ。
「ヒューゴ様はリリベル様と同じように、周囲の魔力を自分の物にする力を持ち、望んだものを現実に生み出してしまう能力さえ持っています」
「石に込められた魔力で、自由に想像を現実にできる賢者の石と何ら変わりません。最早、神に近い存在と言えましょう」
事実として、俺は最早人間という種族に当てはまらないのだということを実感した。
実感してからは話が早かった。
「黒衣の魔女を倒すという仕事を、俺にやらせたいのだな」
「はい、その通りです」
チルはにっこりと笑った。
円卓の場にいる魔女以外は、全て外に出ている。
目的はリリベルのもとへ向かうためだ。
チルたちが下した俺への命令は、黒衣の魔女を倒すことだ。
リリベルの子がもうすぐ生まれることを、黒衣の魔女は察知している。リリベルが最も油断せざるを得ない状況になれば、奴は現れる。
膨大な魔力を操ることができる彼女の力を、黒衣の魔女は必ず欲する。
リリベルの命運は俺の言葉に握られていた。
リリベルのもとへ向かった魔女には2つの役割がある。
彼女たちの命令に従うなら魔女たちはリリベルをを守り続けてくれるだろうが、もしこの話を蹴ったなら、魔女たちは守るべき対象であるリリベルを襲うことになる。
俺1人ではリリベルを黒衣の魔女から守ることができるか分からない以上、「はい」という以外に吐き出す言葉はなかった。
「1つ確認させてくれ」
「何でしょうか?」
「リリベルはダリアによって不死の力を与えられていると聞いている。そのダリアが目覚めている訳だが、リリベルは今も変わらず不死なのだろうか?」
「変わらずに不死ではあるよ」
問いにはダリアが答えた。
彼女は立ち上がり、俺が座る席まで近付くと、突然スカートを下からめくり上げた。
裸のダリアが現れるかと思って、思わず目を背けようと思ったが、先に見えてしまった身体の一部が背ける気を失くさせた。
片脚は義足だ。
脇腹は明らかに別の何かを、継ぎ接ぎしたような縫い跡がある。
心臓部分は空洞で何もない。
どうやって生きているのか分からない程、彼女の身体はボロボロであった。
「あの子を不死にするために払った犠牲の一部だ。今も生きている。ただし、私が死ねば、あの子の不死の呪いは消える」
「それが分かれば大丈夫だ」
次に言葉をかけてきたのはトゥットだ。
「お主、まずはこれを手に取ってくれぬか」
投げ渡された物は、石だった。見た目にはその辺りに落ちていそうなただの石だが、僅かに光り輝いている。
賢者の石なのだろう。
「おお! 思い出した! そうだ剣だ! これまでに磨き上げた技術は剣術だったか!」
ラザーニャは声を上げて、どこからともなく取り出したとんでもない宝飾がついた剣を手に持ちまじまじと見つめていた。
何が起きたのか分からないでいると、トゥットが俺に向かって人差し指を上げたまま差し出してこう言った。
「お主、これは何じゃ?」
彼の人差し指から赤くゆらめくものが飛び出た。
それは誰でも知っているものだった。
「火、だ……そう、火だ! 炎だ!」
今まで忘れていたものの名が突然、口から出てきた。
そのものの名だけでなく、表す特徴さえもはっきりと想像できるし、頭に浮かぶようになった。
「お主にかけられた『魔女の呪い』は、お主の特異なる力によって、お主だけでなくこの世全ての者に影響を及ぼしていたようだのう」
これは無衣の魔女の呪いだ。
奴が最期に放った俺への攻撃の結果だったのだ。
俺はやっと、忘れたものを思い出すことができた。




