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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
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2人とも黄衣の魔女6

 チルはダリアの自己紹介が終わったことを確認すると、仕切り直しだと言わんばかりに耳を閉じたり立てたりを繰り返して、話が元に戻ることを喜んだ。


「リラ様が監督者なら、ダリア様は私たちの直接の教育者です。彼女は、私たちの意向に沿って私たちを育ててきました」


「魔女を育てるために各地に村を作りました。リリベル様はこの大陸の北西の山に作られた村で生まれました」


「リリベル様は大変物覚えが良く、物心がつく前から魔力を扱う片鱗を見せていました。私たちの期待の魔女です」


「期待を超えてもらいリリベル様がもっと強くなるように、狂ってもらいました。()()()()()を経験として積ませるためです」


 淡々としていた。

 チルの言葉には、抑揚はあっても感情が込められていないように感じた。

 まだ、話の核心には迫っていないのだろう。チルにとって、いや魔女たちにとってリリベルの苦痛で満たされた生い立ちは、ごく普通の()()な出来事でしかない。


 彼女の話の腰を折って、リリベルがどれだけ辛い目に遭ったかの説明をしたとしても、彼女たちの心に響くことは一切ないのだと感じた。

 俺にとって、かなり苦痛に感じる状況だった。




「リリベル様は、ダリア様を信頼して心の()り所としていました。ダリア様との信頼の証である黄衣と雷の魔法も、リリベル様の魔女を表すための重要な要素となりました」


 そのことについてはリリベル自身も言及していた。彼女にとって、黄衣という冠と雷の魔法は、何にも代え難いものだと。それらは、リリベルの魔女生の全てと言っても過言ではない。


「そこで、ダリア様の喪失という場面に遭遇してもらいました。拠り所を失い、残ったダリア様の言いつけを守ってもらうためでもあります」


 ダリアの言いつけ。それは「恋をしなさい」という言いつけだ。

 常日頃からダリアは、リリベルが必要とせず興味を持たなかった感情を学ぶように言いつけていた。


 てっきり俺は、ダリアに傾倒しかけていたリリベルが、いつかダリアの元から離れても生きていけるように、師としてそう言いつけたのだと思っていた。

 彼女の心が壊れてしまわないように、彼女を気遣っての言葉なのだと思っていた。

 だが、どうやら俺の予想とは逆のようだった。




「リリベル様は、ダリア様の言いつけ通りに行動して、ヒューゴ様を見つけてくださいました」

「俺がリリベルの騎士になることは、必然だったと……。そういうことか」

「いいえ、その点に関しては偶然ですよ。リリベル様の良き人が見つかるなら、誰でも良かったのです」


 少なくとも俺とリリベルの出会いが、運命づけられたものではないというチルの言葉は、せめてもの救いになった。

 だが同時に、俺は卑怯な男であると強く実感できた。


 魔女たちの気狂いがなければ、リリベルが生まれることも、牢屋で俺と出会うこともなかった。


 良かったと思ってしまった。

 彼女の不幸が俺の幸運になったことを、一瞬でも肯定してしまったのだ。

 それは、1つの後悔を生んだ。

 彼女を愛するが故の「良かった」は、良くなかった。


 最低の大馬鹿野郎だ。




「ですが、ヒューゴ様がここに至るまで死ななかったことには驚きました」

「褒め言葉か?」

「皮肉ですよ。本来ならリリベル様には、信頼を得た人ともっと死別してもらうはずでしたから」

「ダリアを失った時の悲しみを、彼女に何度も経験させたかったのか……」

「正確には、悲壮感ではなく無力感を経験して欲しかったですね。リリベル様の魔法では、誰も守ることができないという無力感です」


 心を許すことができる者の死を幾度も見て、その度に、リリベルの大事な雷魔法や黄衣が、1つも役に立たなかったと感じて欲しかった。

 それが魔女たちの望むリリベルの姿だった。


 リリベルが魔女として積み上げてきた山を崩して、崩して、最後には更地になる。やがて彼女が信じられるものがなくなり、彼女の中身が空っぽになる。


 矜持を失ったリリベルが果てにどういう行動を起こすか想像はつかないが、そこから得られる経験こそが、魔女たちの望むものなのだろう。

 確かに、常人では得られない経験だ。




「ダリア様の喪失にも立ち直ることができたリリベル様なら、必ず成し遂げられると信じていました」


 いや。リリベルがダリアの話を打ち明けてくれた時、彼女は目元を腫らす程大泣きしていた。

 立ち直ってなんかいない。


「ヒューゴ様の最初の死でも、リリベル様は再び立ち上がりました。でも、ヒューゴ様が生き返ったことは例外です」


 いや。リリベルは俺の死の間際に、顔に跡ができるぐらい涙を零していた。

 苦しみ、哀しみ、心をぼろぼろに傷付けて、常にギリギリの精神状態でどうにか一線を越えずに済んだだけだ。


 彼女は、俺よりも遥かに強靭な精神力を持ち合わせているが、それでも心は確かに痛めている。痛みを素直に痛いと訴えられるぐらいには、彼女は心を持った女の子だった。


「ヒューゴ様のような弱いお方であれば、すぐに死ぬと思っていたのですが、意外としぶといお方ですね」

「今でも生きてられるのは、リリベルのおかげだ」

「その点に関しては私たちも驚きました。まさかリリベル様があそこまでヒューゴ様に執着されるとは思いもしませんでした」


 良かった。

 リリベルとサルザスで出会ったこと、俺が不死になったことは、リリベルの心を守ることに繋げられたのだ。


 俺が存在するだけで彼女を守っていたのなら、俺が存在する価値はあったのだろう。

 この点に関しての「良かった」は、恐らく本当に良かった。


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