曇天の霹靂
鉄道列車というものを生まれて初めて見た。
正確にはこの世に初めてできた代物なので、俺ではなく皆初めて見るものだ。
形容しがたい真っ黒な金属の塊が先頭にあり、それに続くように馬車の客車部分のようなものがいくつも繋がっている。
列車と呼ばれる長い物体の列は、線路と呼ばれる2本の金属の長い棒の上に車輪を置いて走らせるようだ。
「調教された翼のある魔物を使えば、わざわざ地を這わずとも飛んで目的地へ行くことができるというのに」
俺のすぐ横でリリベルが列車を見上げて小言を言う。
彼女は、いつもの黄色いフード付きのマントを羽織っている。マントの下は、茶色のスカートと、白いシャツ、スカートと同じ茶色のジレでお洒落な装いをしている。
ワンポイントかスカートとジレには、1箇所だけ黄色い縦線のような布が縫い付けてある。
そして、黄色のマント以外は、俺も同じ服装である。
横をすれ違う身なりの良い人たちが、俺たちの姿を見ると「可愛いお子さんですね」と言うので、愛想笑いを混じえて会釈する。
リリベルが眉間に皺を寄せて睨み付けてきたので、「彼らに話を合わせただけだ」と弁解するが許してもらえなかった。
仕方がないので、彼女が好きな体勢である、俺の胸元に彼女を背中からもたれさせると機嫌を直してくれた。
「黄衣の魔女殿! ようこそおいで下さいました」
2人列車の前を突っ立っていると、ロベリア教授が笑顔で近付いて来た。
丸々と太った彼は、いかにも裕福な身分であることが窺える。後ろには召使いが2人ついて来ている。
商国家フィズレの国立学院教授である彼は、今回列車の初運行式に俺たちを招待してくれたのだ。
実は先程知ったのだが、この列車を作るのにリリベルが協力していたようだ。
馬車は馬に引いてもらうことで前へ進むが、この列車の場合は魔力を動力にして進む。
その際に魔力を効率良く動力として車輪に伝えられるように、彼女が新しい魔法陣を作り上げたのだ。
列車はここフィズレの首都スティレから始まり、西の隣国エストロワの首都へ決められた道を通って繋がっている。
「余り大きな声で魔女と呼ばない方が良いよ。パニックになるよ」
リリベルが珍しく周りに気を使った。
周りにいるのは魔女と縁もゆかりもない、ただの町人だ。
魔女を知らない町人にとっては、ただ恐怖の対象でしかない。彼女がその魔女であると知ったら、きっとここは祝い事ができる場にはならないだろう。
「ご安心ください。この場にいるのは、列車造りに関わった者だけしか集まっておりません。皆、あなたのことは存じ上げております」
「へえ、そうなんだね」
確かに、皆が来ている服は小綺麗な物ばかりだ。皺1つない礼服に身を包んでいる。
しばらくすると列車の前に人が集まり始めた。どうやら式典が始まるようだ。
壇上に2人の明らかに偉いであろう人物が登って握手をしている。
俺たちはすぐ横で立ちながら式の様子を眺めていると、横にいたロベリア教授が小さく声をかけてきた。
「手前におります黒服の方は、我が国の大臣であるディルト・ヴァイオリー様でございます」
ヴァイオリーと呼ばれる壮年の彼は胸にいくつもの勲章を並べていて、いかにも身分の高い人物であると言うことが分かる。
「そして奥におりますのは、エストロワ国マルム教の司教、ツエグッタ・ストロキオーネ様でございます」
ストロキオーネと呼ばれる老いた半獣人の女性は、白くてローブに金色の装飾を付けていて、白い長杖を片手に持っている。
毛並みは白くて短い。耳は人間のように頭の側面には付いておらず頭の上側に付いている。
「とっても偉い者たちということだね」
「その通りでございます」
壇上の2人は握手を済ませると、聴衆に向けて演説を始めた。
この記念すべき日に立ち会えたことは嬉しいとか、もっともらしい演説をしている。
「皆様、本日はこの偉大な式にお集まりいただきありがとうございます。我が国フィズレとエストロワを繋ぐ夢の貿易列車が、ついに完成しました!」
「この素晴らしい列車を造り上げるのに、素晴らしい協力を得ることができました。1人目は黄衣の魔女様です!」
ヴァイオリーが片手をリリベルの方へ広げて、皆の視線がこちらに釘付けになる。
聴衆は大体は笑顔だが、たまに引き攣っていたり真顔だったりする者もいた。それもそうだ。いくら魔女が列車作りに携わったとしっていても、皆が皆魔女に好印象な訳ではない。
リリベルは照れながら手を振ると、拍手があがった。
意外とこいつもこの式典を楽しんでいる。
その後は、ヴァイオリーが列車の設計を行った者や、出資した者を紹介していき式典はつつがなく進んでいった。
式典自体に俺は興味がなかったので、内容は頭に入っていないが、話の最後にヴァイオリーが「これより発車いたします!」という声をあげると大きな祝砲と共に、聴衆の歓声と拍手が湧き上がる。
喜びの騒ぎの中、ロベリア教授が少し音量を上げて俺たちに話しかけた。
「黄衣の魔女殿、騎士殿も列車に是非乗っていただきたいです!」
「え、そんなこと聞いていないのですが」
「え、そんなの聞いていないよ」
「おや、手紙でお伝えしていたはずなのですが……」
俺が驚くのはともかく、まさかリリベルも初耳だとは思わなかった。