2人とも黄衣の魔女4
チルの指示でリリベルが過去に座っていた席に座ることになった。
座るなり、トゥットとラザーニャは己の喋りたいことを勝手に喋り始めて収拾がつかなくなった。
「久しいのう、10年振りかのう、お主」
「卿があの奇天烈小娘の夫か。ふむ、思ったよりも普通の男だな」
「見ないうちに更に面白いことになっておるのう」
「武の腕はどれ程のものか、手合わせで試したいものだ」
2人がのべつ幕なしに言葉を紡ぎ続けていると、チルが大きな咳を1つした。彼女の牽制に2人が静かになった。新たな魔女協会の長と賢者という立場であるが、さすがに最強の魔女の意思を無視することはできないようだ。
彼女は俺の隣の椅子に座って、そして告げる。
「ヒューゴ様、砂衣の魔女については気になさらないでください。私が彼女をあの場から退避させ、ヒューゴ様の願いごとを達成しに向かっています」
「渇く神……砂漠で起きている問題を解決してくれているということか?」
彼女は、その猫の手でどうやって音を鳴らしているのか分からない指鳴らしを行って、錆びた帽子をどこかに消失させた。
そして、本来の猫のように毛繕いを始めてから、俺の質問に肯定した。
リリベルの信用を得るための渇く神の問題だったはずだが、この場の誰も異例の事態になっていることについて気にする様子はなかった。
まるで彼女たちにとって一切興味がない些事であるかのような態度であった。
魔女協会の長が提案した話ではないのか?
「ですが、それはヒューゴ様にとってつまらないことでしょう。きっと今のヒューゴ様は残した仲間を気になさっていることでしょう」
「分かっているのなら早く元の場所に戻してくれないか……」
「いいえ、ここからが本題です。きっとヒューゴ様は話に耳を傾けてくれることでしょう」
チルは怪しげに笑った。
それから本題を口にしようとした彼女だったが、その前にチラとトゥットもラザーニャの方を一瞥した。どうやらこのまま彼女が話を続けても良いかという確認をしたかったようで、2人とも目配せで彼女に続きを話すように促した。
2人の合図を確認したチルは、俺に向かってとんでもないことを口にし始めた。
「リリベル様は、黒衣の魔女に対抗するために作られた魔女です」
「はっ……えっ……」
「と、言うよりかは、この魔女協会にいるほぼ全ての魔女は、作られたものです」
彼女は俺が動揺して言葉を丸ごと飲み込めていないのに、容赦なく言葉で頭を殴りつけてきた。
「あ、作られたものと言っても、実際に雄と雌の生殖によって産み落とされたものです。ただ、その手順の間に様々な血を混ぜています」
「それを、なぜ今、俺に……?」
「今、この時がヒューゴ様にお伝えする絶好の機会だからです」
彼女は構わずに話を続けるので、俺は彼女の言葉に必死に食らいつくしかなかった。
「黒衣の魔女が神に挑み、魔力と魔法の概念をこの世界に創り出したことは知っていますか?」
「あ、ああ。トゥットから聞いた。その後、彼女が魔力を奪って1つに集めようとしていることも」
「本人に会ったことがあるのですね! それなら話は早いです!」
彼女は両手を合わせて喜ぶ。なぜ笑顔でいられるのか、俺には1つも理解できない。
「彼女が蒔いた種とはいえ、私たちは彼女と彼女が創った世界を気に入っているのです。魔法のある世界。魔物や有象無象の神を生み出した世界。魔女や魔法使いのいる世界を」
「黒衣の魔女という名も、彼女の恩恵を受けた人たちが彼女に敬意を払ってつけた名なのです。魔女の始祖たちは彼女を敬愛していました」
「しかし、魔力の概念を失って後悔せずに済むには、余りに時が経ちすぎました。魔女の始祖たちは、黒衣の魔女の計画に気付いたその時から、敬愛などなく畏れだけが彼女に対する共通の感情へと変化しました」
「魔力のない世界に逆戻りすることは、とても困ります。彼女が創った世界で生きられないことは、私たち魔女にとって苦痛なことです。いいえ、魔法に縁のない人たちでも、今や暮らしに深く密接していますから、彼等にとっても無関係ではないと思います」
チルは言った。
遥か昔からあった、あらゆる種族の血に刻まれた魔女に対する畏怖は、全て黒衣の魔女に対するものであったと。
そして、それは黒衣の魔女の行為によって植えつけられたものではなく、黒衣の魔女を敬愛していたはずの者たちの手によって故意に植えつけられたものであった。
世界に危機感を与えるために、噂や創作、魔法など形態に依ることはなく、魔女という存在を恐怖する対象へ変えたのだ。
だが、ただ恐怖の対象になっただけでは、黒衣の魔女の野望を止めるには至らなかった。余りにも黒衣の魔女が強すぎたからだ。
「黒衣の魔女との間にできた圧倒的な実力差を埋めるために、私たちの先祖は経験を蓄積し、分け与えました」
「しかし、常人が得られる経験では到底、黒衣の魔女に敵いませんでした。常人のままでは勝てないと魔女の始祖たちは悟りました。悟って、狂いました」
「常人には理解できない魔女たちの行動原理は、常人では得られない経験を蓄積して、1つに集約させるためです。私たちはわざと狂人になるように私たち自身に教育を施してきました」
魔女たちが狂っているのは、運命の悪戯による悲劇に遭遇したからではなかった。
わざとだ。全て作為的だったのだ。




