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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
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2人とも黄衣の魔女3

 悠然と(そび)え立つ巨大な聖堂は外観からはただの城にしか見えない。


 建物の上部はそこかしこから非常に先細った先端を持つ塔が乱立している。明らかに観賞用の塔だろう。


 この聖堂を建てた者は、数ある魔女を束ねていた紫衣(しえ)の魔女だが、実際は彼女が数多くの魔女から金をせしめて建てさせた何のありがたみもない聖堂である。


 肝心の紫衣の魔女はいない。

 俺とリリベルで殺してしまった。


 だから、次に魔女たちを束ねる者が管理していることだろう。

 今のところはチル以外に思いつかない。彼女以外の魔女の倫理観や協調性が著しく欠如している。




 灯りはあるが、魔女はチル以外に1人もいない。おかげで廃れた雰囲気が強く感じられた。


「他の魔女たちは移動しています。全てはヒューゴ様とリリベル様のためです」

「話が全く読めない」


 何が俺とリリベルのためなのか、さっぱり予想がつかない。




 聖堂内部には相変わらず紫衣の魔女の像が祀られていた。


 いたる所に彼女の石像があるが、そのどれもが顔面を削られていた。

 その荒々しく乱暴な傷のつけ方は、明らかに紫衣の魔女に対して憎悪のある者の仕業であるだろう。

 協調性のない魔女たちをまとめあげた偉大な魔女が、こうも酷い仕打ちを受けるのか。




 聖堂に入るとチルは大講堂への道を案内した。

 無駄に乱立した階段や通路を進む羽目になることを悟った。


 魔法でひとっ飛びさせて欲しいところだが、魔女聖堂内部は基本的に魔法の使用は禁止されている。この身1つで1段ずつ歩み、大講堂へ向かわねばならない。


 廃都での事態に備えて体力を温存しておきたいのに、余計な体力を使わせられた。

 俺の体力を消耗させることもチルの目的ではないのか。

 階段を軽やかに駆け上がるチルは、肩で息はしていなかった。とはいえ彼女の血の半分は猫であるから、身体能力が発達していて、このぐらいの階段上りは準備運動にもならないかもしれない。




 大講堂内に入ると、巨大な木を輪切りにして作った歪な円卓が中央にあり、そこに円形に並べられた椅子が12脚存在する。その椅子には『歪んだ円卓の魔女』と呼ばれる、選ばれた魔女しか座ることができない。


 円卓は相変わらず馬鹿でかく、対面上の相手と会話する場合は声を張らないと、聞き取りづらいかもしれない。

 円卓の最中央にも、また馬鹿でかい紫色に輝く宝石が置かれている。単なる置き物なのか、用途のある魔道具なのかは不明だ。




 円卓の外側は、取り囲むように段々になった石の座席があり、『歪んだ円卓の魔女』の弟子かただの魔女が座って魔女会の様子を見届けることができる。




 円卓周りの椅子には、2人が既に座っていた。




 1人はトゥット・オクーニリア。

 暗いローブを着た老人は、顔に刻まれた皺以上に時を経ている。

 白髪に白髭、そして長杖を抱えている様は、歴戦の魔法使いを思わせる。自分で自分を賢者と呼称していた彼は、怪しい存在ではあったが、賢者の石を持っているという事実だけでただ者ではないことは分かる。

 だが、賢者がなぜこの場にいるのか。なぜ、魔女の椅子に座っているのか、当然気になった。




 しかし、もう1人の方も気になった。

 彼女は今までに見たことのない出で立ちをしている魔女だ。


 形がはっきりとした硬そうな帽子を被っており、つばは短い。帽子の真ん中にはどこかの国か家かの紋章飾りが取り付けられており、名家の出身ではないかということを窺わせた。

 髪は長いのだろうが、後ろで結んで折りたたみ帽子の中に収めてすっきりした印象を見せている。

 基本的に髪色は黒いのだが、毛先の方は赤色がかっていた。気に入らない色で染めたのか、光の加減で2色に見えるのかは分からないが、とにかく不思議な色である。


 マントは灰がかった深い緑色で、首元にある金色の飾り紐で留めている。

 マントの下の服も同じ色で、マントに隠れてほとんど見えないが、装飾が取り付けられているように見えた。右胸辺りには、金糸で編み込んだ紐が吊るされており、左胸にはいくつかの小さな勲章が綺麗に整列するように取り付けられている。

 帽子と同じで服も生地が厚く硬そうな質感で、その辺の衣料品店で買えるような代物ではないだろう。


 それだけ彼女の見た目をまじまじと観察したが、服装に関しては一切記憶に残ることはない自信がある。


 顔のある部分が余りにも目立ち異質すぎたからだ。


 顔自体に目立った特徴はない。

 むしろ顔立ちが整いすぎていて、一瞬は男に見えたぐらいだ。髪と胸と身体の骨格を見れば、男を否定することができる。

 目はリリベル程ではないが、輝く黄金の色を持つ。その服装の荘厳さもあって、目つきは良く見えない。




 問題は口元だ。

 彼女には立派な口髭が生えていた。上唇に、鼻を起点に綺麗な左右対称の黒い髭が生えているのだ。


 いや、絶対に生えていない。取ってつけた髭だ。

 これまでの人生で髭を蓄えた女性など見たことはないが、もしかして、女性も髭が生えるのが普通で、人知れず手入れをしているのかと疑いそうになったが、やはりあり得ないだろうと、謎の自問自答を行うぐらいには混乱させられる見た目である。


 綺麗に手入れされた口髭は(のり)で固められているようで、両端が上向きに跳ねている。

 見た目にこだわりのある貴族がやりそうな髭だった。




 髭の生えた変人は、俺とチルが円卓に辿り着き歩みを止めたと同時に、声をかけてきた。


「待ちくたびれたぞ」


 第一声の印象は、この女はふざけているのか、である。

 それは、必死に喉を絞って低い声を出そうとする女性そのものであった。有名な貴族になりきりたくて、仮装でもしているのではないかとさえ思えた。


「ヒューゴ様は初めてお会いする方のようですね。ご紹介します」




 チルのかけ声と共に髭の女が姿勢良く立ち上がり、手でチルを制した。

 自分自身で紹介を行う意図であることはすぐに分かったが、一々動きが大げさで鬱陶しかった。


「『歪んだ円卓の魔女』が1人、赤衣(せきえ)の魔女ラザーニャ・ラゲーニアだ。魔女協会の長も務めている。よろしく頼む」


 ふざけた容姿も声も赤色のかけらもないマントも、何かの冗談だと思って信じられなかったが、何よりも信じられなかったことは、この変人が魔女協会をまとめる長に収まっていることだった。




 さっさと廃都に戻りたい。


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