2人とも黄衣の魔女
細長い雷がスーヴェリアの身体のどこを貫通したのか、そこで確認することはできなかった。
鎧と兜を着込んでいるのだから、首の可動域はたかが知れている。
倒れる途中に見えていたスーヴェリアの様子は、前に突っ伏す頃には、もう床しか映さなかった。
俺が倒れるとほぼ同時に、足元から水が流れて身体が押し出された。
リリフラメルの『大波!!』という張り上げた声が原因だろう。
聞いたことのない詠唱だから、彼女が独自に編み出した魔法だということは分かった。魔法陣も作らずに自分の思い描いた魔法を実現できてしまうのは、リリベルの教育が行き届いている証拠でもある。
間髪入れずに鎧の中に重量物を具現化して大波の中に身体を沈め続ける。
強い意志で自死を実行する。
セシルには半ば諦められたように『貴方という人間は……』と呟かれるが、構わずに死を選んだ。
次に目覚めた時は、俺1人が廊下に寝転がっていた。
すぐに身体が起き上がらせることができたのは、意識を失うまで水の中で溺れ続けたおかげだ。
念のため服を捲り身体を直に触って、傷が治っていることは確認した。
『ヒューゴが死んだら私も死ぬのかと思ったけれど……意外にも死ななかったみたい……』
セシルの言葉でハッとして、すぐに謝りを入れた。
『私が死んだままだったら……どうしてくれるつもりだったの……』
「すまない……自分のことばかり考えていた……セシルのことを考えていなかった」
『住人にも配慮して……私も溺れたのだから……』
頭の中のセシルも服装から髪までずぶ濡れだった。恨めしそうに碧色の瞳が此方を見つめている姿が、はっきりと頭の中で映し出されていた。
俺が死んだ場合に、彼女がどうなるのかを考えていなかった。危うく後悔の数が増えるところであった。
いや、勝手に身体に住まわれてる者になぜ怒られなければならないのか。
彼女を殺したくはなかったが、それでも納得がいかない。
『それよりも……皆とはぐれてしまったみたいだけれど……』
ランタンは無事だ。
光は今でも周囲を照らしてくれる。
そのランタンで周囲の様子を窺ってみるが、誰かが倒れていることはなかった。壁が崩れたり物が散乱している様子のない、長い廊下と無数の扉が昔からの姿でそこにあるだけだった。
誰かが戦っているような音も聞こえない。
静かだった。
「俺は一体、どれだけ気を失っていたんだ?」
『分からない……。ヒューゴが目覚めた時に丁度、私も目覚めたから……』
水に濡れた身体は、建物内部の寒さも相まって、より寒気を感じさせた。
一旦意識すると身体の震えが止まらなくなってしまう。
触れるとひんやり冷たいイメージのある鎧や兜を思い出すと、もう1度具現化することが億劫に感じる程の寒さだ。
そもそも赤茶髪の女の魔法に対しては、どうしても鎧が貫通してしまうため、着る意味はないような気がしている。
まずはリリフラメルたちに合流しなければならない。
床が濡れている方向へ行けば、リリフラメルが放った魔法を辿ることができると思ったが、触れても湿り気の1滴も感じられない。
少なくとも床が乾いてしまう程の時間は気絶していたことがここで分かった。
前と後ろ、どちらの方向に進めばリリフラメルたちに合流できるのか分からなくなった今、勘で進むしかなくなった。
ランタンの明かりを頼りに、何となくで選んだ分かれ道を選択し続けた。
風化して同じ色に染まった廊下に、1つだけはっきりと別の色の物が落ちていた。
ランタンでそれを照らすと、1冊の本であることが分かった。近付くと小刻みに震えて、頁がひとりでに小さくはためく。
知る神だ。
今は本の神に用はない。
寒さを軽減する神か、腹を満たす神に出会いたい。
教えたがりの本が飛びかかってこないとも限らないので、注視しながら横を通り過ぎて先を急いだ。
『リリフラメルが人質として連れて行かれたのでは……?』
「今はそんな想像をしたくはない。全員が水に呑まれて気絶していたことにしておきたい」
後悔の種が増えないように祈りながら、彼女たちを探すしかない。
今の俺の想像力では、この状況を簡単に打開できる具現化はできそうにない。当てのない道行は絶望そのものであった。
唯一の救いは、相談できる存在が頭の中にいることであった。
その後も廊下を右に曲がったり左に曲がったりし続けたが、何1つ変化はなかった。死んだ建物を彷徨い続けることに変わりはなかった。
同じような景色ばかりで、当時の住人はどうやって生活していたのか不思議で仕方がなかった。
『地図があったんじゃない……?』
地図と言われても壁は崩れかけでぼろぼろだ。素材は剥き出しで、地図が壁に貼られていたとしても、とっくに風化していることだろう。
部屋の中も同じ状況だ。
この建物で風化せずに形を保ち続けられているものは、神以外にいないだろう。
ああ、そうだ。
知る神に教えてもらえば良いのだ。
教えたがりの神なら、必ず俺の求める知識に応えてくれるはずだ。
決意してからすぐに踵を返して、元来た道を戻ることにした。




