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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
535/723

3重15

「主人は東のオアシスのどこかにいる。俺たちが移動してきた道を辿れば会うことができるはずだ」


 雷によって穴が開きすぎた右手の壁が徐々に崩れていく。


「じゃあアンタが人質だ」


 スーヴェリアの前に立っていた赤茶髪の女が、俺を指差す。

 しかし、人質宣言は同じ声色の女に否定されてしまった。


「それは駄目だね」


 声は右側からはっきりと聞こえてきた。

 崩れた壁が声をより明瞭に聞こえさせた。


『あ……竜人から顔を背けないで……』


 俺の目を通してスーヴェリアの傷を治していたセシルに注意されるが、どうしても右を向かざるを得なかった。

 同じ赤茶髪の声であるのに口調が全く違うことは、不思議で気になる。1つの違和感を確かめる行動が、右に顔を向ける行為だけで済むなら、喜んで顔を右に向ける。




 赤茶髪の女がいた。




 奴は汚れた黄色っぽいマントを羽織り、その下は簡素な衣服を着ている女だった。その目鼻顔立ちは、スーヴェリアの前にいる女と瓜二つである。


 一体何の魔法なのかと疑える程の瓜二つさ。


「え、あ……え?」


 リリフラメルが動揺を隠し切れていないことは仕方ない。俺だって何とか動揺せずに平静を装っている程のギリギリの精神状態だからだ。


「彼は黒い騎士だよ。他人嫌いの元黄衣の魔女が、ただ1人信用した従者。そんな者を私たちが信用してはいけないよ」

「黒い騎士? まあ良く分からないけれど、アンタが言うなら正しいのか」


 同じ声で会話されると、どちらが話しているのか分からなくて混乱する。


 そして、片方の赤茶髪の女は俺を知っている。

 生み増やす神(ゲヌス)がいた場所で出会った時は、黄衣の魔女を狙っているのに俺の存在を知らない奴に対して、本当に黄衣の魔女に興味があるのかと思った。

 その時は、騎士として多少は活躍して、その界隈では名が知られた存在になったと自惚れていた自分が恥ずかしいと思っていたが、やはり俺のことを知っている奴はいた。


 右側にいる赤茶髪の女が、本当にリリベルに用がある女なのだろう。




「残りの2人も連れて行こう」

「人質でしょ? 分かったわ」


「好き勝手言う女だ。腹が立つ」


 苛立つリリフラメルを手で制して、早まらせないようにする。

 ここまでの道のりを言えば、リリフラメルも同じように行動を共にしてきたから、彼女だって知っている。


 目立つに目立つ青髪の彼女だって、黄衣の魔女に用があるなら知っていて当たり前の知識のはずだ。

 更に、彼女には独自の正義感がある。もし、スーヴェリアや俺が気付く場面に彼女が当たれば、彼女の正義が爆発しかねない。俺やリリベルの声が届かない怒りの極致に達してしまうと、彼女を止めるのは大変だ。

 余計にこの状況を悪くすることだろう。




 今は奴に従って、スーヴェリアを確実に守ることができる場面になった時に、反抗すれば良い。


 ただ、その思惑を成功に導くためにリリフラメルだけに大人しくするように言ったことは、誤りであった。

 家族がいて、成り行きで廃都にまで来てしまった彼のことだから、命が惜しいはずだと思っていた。絶対に無茶なことはしないと思っていた。


 亡国ネテレロの国民性が、俺の想像を遥か凌駕する行動をしでかすのだ。


「俺のことは気にすんな!」


 スーヴェリアが近くにいた赤茶髪の女の足にしがみつき、奴の足を止めた。

 馬鹿野郎と叫びたかった。


 己が死ぬかもしれないのに、それでも敵に立ち向かう勇気はどこからやってくるのか。

 俺にないものを持つ彼の心情を理解できない。




 それでも動き出した状況に対して、全力を尽くさなければならない。

 俺以外の後悔からの逃避と、俺に絶対訪れる後悔からの少しでもの逃避を達成するために、目の前の赤茶髪の女が次に取る行動を止めなければならない。


 スーヴェリアに向かってかざされた魔法の言葉が言い終わる前に、具現化する。


静雷(じょうらい)


 小さく細長い一筋の雷が、鎧の左側から貫き肉体を貫き削いだ。身体の中でもの凄い音がした。腹を貫いたのか、足を貫いたのか分からない程の音の大きさだった。


 具現化するはずだった武器が、気を逸らされて霧散してしまう。


『ヒューゴ……!!』

「ヒューゴ!」


 左側。


 左側から雷がやって来た。


「えひゃ、撃っちゃった」

「いいや。その騎士は不死だから、大丈夫だよ」

「不死!? 信じられない……」


 同じ声が3方向から聞こえていた。


 右側からはリリベルみたいな口調で、前方からは年相応の女の子の口調で、左側からは狂気じみた口調で。


 土壁を手で破って現れたのは、またしても赤茶髪の女だった。

 盾に割った瓜は2つではなく3つだったのだ。


「っていうか貴方はいつまで触っているの?」


 前のめりになって倒れ込むその瞬間に、スーヴェリアが縋りついていた赤茶髪の女が、彼を振り払うために過剰な防衛を取る姿が目に映った。


静雷(じょうらい)


 もっと足を伸ばして前に飛び出して、突進してでも奴を止めたかった。腰から下の感覚があれば良かった。


 ああ、例え信じられなくてもスーヴェリアには、俺たちが不死であることを伝えておくべきだった。

 そうすれば無茶な行動をせずに済んだかもしれなかった。

 そう思った。


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