3重14
「すまない、危険な目に遭わせてしまって」
「んあ? 気にすんなって。大事なのは後悔しないことだ」
しばしの間、壊した壁の奥部屋に隠れて、時間を待った。
もしかしたら、はぐれた3人と合流するかもしれないし、赤茶髪の女がやって来るかもしれない。
赤茶髪の女が来たときは、此方が先手を打てるように静かに見守る必要があった。
しかし、暫く経っても誰も来なかったので、スーヴェリアが首だけ部屋の外に突き出して廊下側を見ていた。
彼の目は人間と違って顔の横側に目がある。頭を突き出せば、首を動かさずとも廊下の左右を把握することができる。便利だ。
しかも彼は目に頼らずとも他者の位置を把握する能力があるらしく、温度を持つ生物であるなら、彼は感知できると言う。便利だ。
だが、スーヴェリアの感知でもっても誰も来る気配はないようだ。
「リリフラメル、昨夜の襲撃は恐らくあの赤茶髪の女の仕業に間違いないだろう。つまり、今なら廃都の外に出ても問題ない」
「私が彼を連れて行くってこと?」
「そうだ。あの女の用はリリベルにある。関係ない者を巻き込む訳にはいかないんだ」
「ぐむむ……」
「どうした。やけに俺の行動に付き合おうとしているが、何かあったのか?」
「……いいや」
リリフラメルに質問をしても、伏し目がちになって答えてくれなかった。
言いたいことをはっきりと言う彼女が、珍しく心中を隠そうとしている。
一体何があったというのか。
「もしかして、青い嬢ちゃん……」
「もしかして、何だ?」
「……いや、いや。何でもねえや」
スーヴェリアまで言い淀み始めた。
彼はリリフラメルが言い淀んだ理由の当てがありそうだが、なぜか彼も途中で確かめるのを止めてしまった。
一体なぜ。
「スーヴェリア、教えてくれ。一体何を言おうと――」
「黄衣の魔女は、どこかな?」
俺もリリフラメルもスーヴェリアも、ここにいない者の声が聞こえた瞬間に表情を固めてしまう。
咄嗟に行動ができなかった。
その隙を狙われた。
『静雷』
光は隣の部屋からだった。
甲高い音が鳴り、腹部に激痛が走る。
だが、自分の傷を確認するよりも前に、目の前にいたスーヴェリアが倒れ込んだことの方が気になった。
腰に提げたランタンが揺れ、彼の苦痛に歪んだ表情が強調されて浮かび上がった。
「いっ……スーヴェリア!!」
「答えて欲しい。答えてくれるなら、君たちを悪いようにはしないからさ」
リリベルにそっくりな喋り方は、俺の神経を逆なでさせるには充分な材料になる。
『進水!!』
意趣返しと言わんばかりに、リリフラメルが細長い水の線を壁に向かって放った。
彼女が赤茶髪の女と戦っている間に、スーヴェリアをその場に横たわらせる。
彼の腹から血が零れ出ている。
呼吸は一気に荒くなっている。
今すぐ治さなければならない。
しかし、治癒魔法を詠唱しようとした手は、彼に払われてしまう。
「あの嬢ちゃんを……先に……助けてやってくれ……」
短い期間でしか付き合いのない彼女に、なぜそんなに肩入れができるのか。自分の今の状況が分かっていないのか?
『ヒューゴの傷は塞げるけれど……こっちの竜人は貴方が視界を合わせてくれないと……』
セシルの言葉は聞こえているが、今は彼だけを見ていられる状況ではなかった。
スーヴェリアは俺たちが死なずの異常者であることを知らない。
どう考えても一般人に簡単に受け入れられる話ではないからだ。不死の話など、その手の話に詳しい者でなければ、本当だと信じてくれないだろうし、信じてくれたとしても恐れられるだけだと思っていた。
リリフラメルは治癒魔法を使えない。
スーヴェリアは怪我をした自分を放っておけと言う。
雷は俺から情報を聞き出すまで止まらない。
何を優先すべきかまとまらなくなって、混乱してきていた。
『静雷』
容赦ない追い打ちが左肩を貫いた。
一瞬で左腕が俺の指示を聞かなくなり、勝手にぶら下がり始めてしまう。
「さっさと答えなさいよ。どんな神が来るか分からないんだから」
左肩を貫いた赤茶髪の女は、俺の目の前にいた。
丁度俺が寄りかかって壊した壁に立っていたのだ。
後ろでは今も甲高い破裂音が鳴っているのに。
「分かった! 話す!」
動かせる右手だけを上げて、戦闘の中止を求める。
すると、後ろの雷がピタリと止まった。雷撃がいくつもの部屋を貫通して行ったのか、遠くで何かが崩れたり床に落ちたりする音だけが木霊するようになった。
「ヒューゴ!」
「リリフラメル、大丈夫。大丈夫だ」
「大丈夫って……」
この攻撃を止めてもらうために、そしてスーヴェリアの傷を癒やすために時間稼ぎを行おうとしていることを、彼女に察してもらうのは気の毒だ。
恐らくリリベルの居場所について、嘘を言っても無駄だろう。
俺たちの命を助けるだとか言っているが、人質として嘘の居場所まで連れて行かされることが目に見えている。
嘘だとバレたらそこで殺す。俺ならそうする。
だが、俺だって彼女の居場所を知らない。
リリベルとは、初めのオアシスに残したきり会っていない。
彼女に送った手紙は既に彼女の手に渡っているはずで、俺のことを気にかけた彼女が、もしかしたら廃都に向かって移動しているかもしれない。
赤茶髪の女を信用させられる言葉がない。
『竜人を視界に入れて……そう……そんな感じ……』
セシルがスーヴェリアを視認できるように、後ろにゆっくりと歩いて彼との距離を離す。
あくまで赤茶髪の女には、彼に目線を合わせていることを悟られないように、風景の一部として彼を捉える位置に下がる。
セシルが彼を何とかしている間に、俺は赤茶髪の女と会話をしなければならない。
奴が求めている答えを差し出す以外に、良い案は浮かばない。
答えるしかなかった。




