3重13
膠着状態を破ってくれたのはスーヴェリアだった。
赤茶髪の女の反撃を想定して、できれば不死に近い特性を持つリリフラメルに発見して欲しかった。
「大丈夫か、ヒューゴ?」
なぜ勝手に出てきたのか
なぜ合図を待てなかったのか。
彼に言いたいことは多くあったが、今はそれよりも、まともに動くようになった身体で、スーヴェリアを守らなければならないと思った。
『瞬雷』
光は頭上から降り注いだ。降り注いでくる瞬間の瞬間に、ちらと見えた光の根元には、赤茶髪の女かいた。
奴は1つ上の階から俺を狙い撃ちして、動きを止めていたのだと気付く。
これだけ距離が近ければ、魔力の扱いなどは関係なく、動きを止める魔法も良く効くことだろう。
盾は既に構えてある。
自分を守るためではなく、スーヴェリアを守るためにだ。
俺が『瞬雷』の直撃を受けようと知ったことではない。スーヴェリアが無事であるために、この身を犠牲にする覚悟はできている。
全ては試す神に与えられた試練と、それに付随する後悔を避けるためだ。
神の効力を考えると、絶対に後悔の衝突を避けることはできない。
きっとどこかの場面で『ああ、後悔とはこのことを指すのか』と嘆き悲しみ、心を傷付ける時が来るだろう。
だが、後悔を感じる場面が100あったのなら、1に減らすことはできる。
だから、99の後悔を予防するために、全力でスーヴェリアを守る。
俺に今できる最善の行動は、盾を構えてスーヴェリアを守り、リリフラメルの助けを呼ぶことだ。
「リリフラ――」
雷が俺に到達する速度は、俺の声がリリフラメルに到達する速度を遥かに超える。
リリフラメルが認識するよりも遥か前に、光が鎧を食い破り、この身体を切り裂く。
金属の悲鳴も雷の歓声も、ただ俺が即死するための余興に過ぎない。
『意外と手が……かかる……!!』
体内で弾ける音に反抗するため、セシルはリリベルの魔力を利用して、赤茶髪の女が繰り出す魔力の流れを阻害する。
おかげで重傷で済んだ。
『少しは死なない努力をしなよ……!』
彼女の説教を受けている暇はない。
俺のことを気にかけたスーヴェリアを守り切らなければ、俺は絶対に後悔する。
己の身体よりもスーヴェリアの身体が心配なのだ。
「うおっ」
スーヴェリアを守りながら部屋の外に押し出す。
『進水!』
入れ替わるようにリリフラメルがすっ飛んできて、天井に向かって水を撃ち放つ。
誰かに分け与えるための水ではなく、誰かを殺傷するための鋭い水である。
リリフラメルが砲台の役割を果たし、放出される水は肉も骨も金属も貫通する。
自然にできる雷や水の威力を遥かに超える魔法たちは、寿命が尽きるスレスレの建物を呆気なく破壊していった。
天井に空が現れ、砂嵐が内部に強引に入り込んで来る。渇く神が神の威光を俺たちに見せつけようと迫って来ている。
砂塵に飲み込まれてはならない。
皆に退避しろという叫びが聞こえてくれているかは分からない。
ただ叫び、スーヴェリアを廊下の奥へ押しやる。
盾を振り捨てて、リリフラメルを無理矢理抱えて俺たちも廊下の奥へ逃げ込む。
『だから……同時詠唱はできないって言っているのに……』
『筋力強化……』
頭の中のセシルによって、リリフラメルを持ち上げることに苦痛を感じることはなくなった。
足取りも軽やかになる。
1箇所が崩れると、雪崩れ込むように周囲も崩れていった。
崩れていくにつれて、砂と風と切り替わって雨が入り込む余地も増えてしまう。
全速力で逃げた。
ただひたすらに逃げた。
逃げた結果、俺たちが今建物のどの辺りにいるのか分からなくなってしまった。
切らした息を整えるのに壁にもたれると、そこから壁が後ろに抜けて転んでしまった。
リリフラメルの体重全てが胸にのしかかって、危うく息が止まるところであったが、それよりも背負っていた爆発する罠が誤爆してしまわないかの方が心配であった。
すぐさま、彼女と共に上体を起こして背中の腫れ物に謝り、ヴラスタリに感謝する。
「おいおい、大丈夫か?」
息を切らせるスーヴェリアが目に入り、すぐに彼を部屋に引っ張り込んだ。
近くに赤茶髪の女がいるかもしれない。
ともなれば、いつでも盾を構えられる距離の近さに彼を寄らせておきたい。
そして、他の者はどこにいるのかと廊下の外を見回してみるが、誰もいなかった。
他に此方に迫って来る声も足音もしなかった。
シェンナとダナ、ヴラスタリとはぐれてしまった。




