3重12
赤茶髪の女が戻ってこないことを階段から確認した後は、皆が負っていた傷を癒やすことに集中した。
「アイツはどこに行った?」
「あの女は俺が何とかする。雷を扱う魔法で一々、目や耳を潰されたらシェンナでも相性が悪いだろう」
「言うようになったじゃない」
エルフ特有の耳は、人間やオークより音に敏感なようで、雷が伴う爆音はもっと苦痛に感じるだろう。
特に視力と聴力の機能が同時に停止すると、平衡感覚を失いやすくする。近接攻撃を行うにしても、踏み込みが上手くいかず、まともに斬りかかることができなくなるだろうし、弓での攻撃を行うにしても、狙った的に当てられなくなるだろう。
死んでも平気な人間と、死んだらそれで終わりなエルフとでは、その不利は大きな差となる。
「皆を守って欲しい」
スーヴェリアやヴラスタリは、いそいそと麦を収穫して束ねている。
この場が決して安全な場所ではなく、再び戻って来られるか分からないからこその行動だろうが、何だか随分と呑気に見えてしまった。
「さすがに今度はヒューゴについて行くから」
「駄目だ、リリフラメルは皆を守ってくれ」
「さっきはお前の言うことを聞いた。今度は私の言うことを聞いて」
珍しくリリフラメルが食い下がる。
彼女は、形式上は俺の部下として行動を共にしていて、自らが怒りに支配されない限りは素直に指示に従ってくれる。
それなのに、今回はどういう風の吹き回しか、ついて行くと言って聞かないのだ。
腰を僅かに落として、彼女の両腕を掴んで、面と向かってもう1度彼女に願うが、やはり拒否されてしまった。
「どうしてだ?」
「嫌な予感がする」
「俺みたいなことを言うな……」
勘や予感で返事されては説得が難しくなる……。
しかし、良く考え直してみた。
俺だって嫌な予感を感じて、行動を変えることはしばしばある。誰かに相談することだってある。
これまでに散々、嫌な予感を声高に叫んで他人を振り回してきた俺が、他人の予感を拒絶することは筋が通らないのではないか。
『面倒臭い男……』
きつく睨むセシルから、言葉の矢が放たれる。
友だからといって、何でも素直に言って良い訳じゃないぞ。
『……』
「分かった、行こう」
セシルとリリフラメルの圧力に素直に屈した。
気分は悪くない。
ドームに咲き誇っていた植物たちは、一気に命を散らしてしまっていた。
大半は消し炭へと変貌していて、悲しげな景色しか映らない。
全員の準備ができたらドームを後にして、俺たちは階段を上って行った。
ゆっくりと慎重に階段を上がって、劣化した階段を壊さないように、音を出して赤茶髪の女に階段から出てくることを悟られないように努めた。
階段の終わり付近で1度立ち止まり、後ろの4人に指図する。
「先に俺とリリフラメルで安全を確認する。4人は合図したら来てくれ」
シェンナ、ダナ、スーヴェリア、ヴラスタリの全員が頷いたところで、リリフラメルと共に一気に階段終わりの廊下に繰り出す。
構えた盾に用事があることにはならなかった。
反対側を見たリリフラメルも赤茶髪の女を見ていないことを教えてくれた。
暗がりの廊下でランタンだけが唯一の光源であるから、油断はできない。
廊下のもっと奥に奴がいるかもしれないし、横にある部屋のどこかに潜んでいるかもしれない。雷でネチネチと俺たちを追い立てたような奴だ。正々堂々なんて言葉は恐らく持ち合わせていないだろう。
「後ろに向かって1部屋ずつ調べよう」
俺たちは元来た道を再び辿り、部屋に赤茶髪の女がいないかを確かめながら進んだ。
扉は最初に開けた時に壊れたので、すぐに中の様子が窺える。
俺は通路の左側を、リリフラメルは通路の右側を調べている。
遠くから砂か雨が建物にパチパチと当たっていて、この閉鎖空間に響いてやかましく感じる。
とある1部屋に入る。
一見して最初に入った通りに埃被った部屋である。
1歩踏み入れて砂を固めた床が激しく破損する。
誰も入っていないことは明白だ。
明白だった。
「元黄衣の魔女はどこ?」
咄嗟に部屋を出ようと後ろに飛んで部屋を出ようとしたら、身体が痺れて動かなくなる。
魔法に対する免疫がある鎧を着込んでいるのに、身体が魔法の影響を受けていることは奇怪だ。
痺れて身体が動かせない以上、助けを求めるしかないのだが、リリフラメルに合図を送ろうにも小さな呻き声しか出せない。
『姿が見えないと私にはどうにもできない……』
「な……ぜ……」
必死に絞り出すことができた言葉は「なぜ」だけだったが、それでも相手に意図は伝わった。
なぜリリベル、元黄衣の魔女を探しているのか。
「アンタは誰? 説明する必要があるの?」
自惚れていたのかもしれない。
今、俺は黒い鎧で身を包んでいる。黄衣の魔女を知る者からすれば、俺が従者の騎士であると思うことは至極当然のことである。そう思っていた。
だが、奴は俺がリリベルの従者であることを知らないようだった。
有名人になったと思い込んだ自分が恥ずかしいと一瞬だけ思ってしまった。




