3重11
もし今の赤い雷がリリベルが放つ『赤雷』と同等の威力であったら、このドームは何も残らなかっただろう。
あるいは砂衣の魔女の魔法によって、雷の威力を減衰させたのかもしれない。
ドーム内の俺たちも植物も一応は無事であった。
困るのは、雷を放った者がリリベルでないということだ。
リリベルは近くに味方がいる状態で雷の魔法を放つ場合は、なるべく雷の影響を受けないように、その者の魔力を感知して自分の魔力と中和させたりする。
俺の場合は、リリベル自身の魔力を間借りしていることもあって、前者よりも調節の負担は少ないようだが、どちらにせよ彼女は雷を放つために素人では到底できない魔力の扱い方をするのだ。
残念ながら目の前で雷を放っている者はリリベルではない。
雷は音も衝撃も光も、そのままに放出されている。
尤も奴は俺たちを敵と認識しているだろうから、気配りなど必要ないことは当たり前である。
つまり、気配りのない雷は当たらずとも脅威的だということだ。
まずは皆を避難させたい。
視界を失った彼等に避難先を探さねばならない。
『階段以外に逃げ道はないの……?』
ない。
階段以外にこのドームから出られる手段がない。
地下だろうし、横を掘っても良い結果にはならないだろう。
『それなら、あの女に視点を合わせて欲しい……』
既に向けている。
『沈黙……』
セシルの詠唱は確かに赤茶髪の女を捉えた。奴の顔が引き攣り、声が出ないことに喉を押さえて異常に怯え始める。
奴が怯んでいる隙に、身を守る鎧と盾を想像で生み出す。1度目の雷で悶えているリリフラメルたちには、全員を取り囲む小さなドームを作り出して、退路が確保できるまで埋まってもらった。
良いぞセシル!
『こんなので褒められても嬉しくはないわ……』
なんて言いながら彼女は鼻の下を擦っている。照れ隠しだ。
『赤雷!』
『えっ』
雷と言うのだから衝撃は普通頭上から来る。
だから盾は頭を守るように掲げていた。
さすがに無意味であった。
膨大な魔力が頭上から降り注いで来るだけで、筋力も強化されていない人間は太刀打ちできない。
一瞬で盾が手から離れて、地面に叩きつけられるように雷が鎧と肉体を裂いた。
最悪だったことは『赤雷』という魔法が、俺の想像するそれとは威力が異なっていたことだ。
リリベルの魔力で生み出した鎧と盾なので、魔法に対する防御性能がある。その鎧を魔法で貫くのだから、威力は確かに凄まじいものがある。
確かに衝撃は凄まじいのだが、俺が知っている『赤雷』という魔法は、そもそも直撃した時点で粉微塵になる。
形が残って意識が残って、身体が動かせることの方がおかしいのだ。
不死者の利点は、すぐに死ねば怪我を負っていなかった綺麗な肉体に生き返ることだ。楽に死ねないこと程、辛いことはない。
身体から美味しくなさそうなステーキの煙が立ち込めて、身体の自由が利かなくなっていたところだが、セシルが治癒魔法を詠唱するとたちまち炭の肌が元の肌に戻り始めた。
俺の意志とは別の意志が、俺の頭を使って勝手に俺の傷を癒してくれる。
何と便利なことだろうと感動した。
『言っておくけれど、私はリリベルみたいに同時詠唱なんて器用な真似はできないから……』
彼女の言う通り、強制的に正常を保ち続けていた視界が、途端にありのままの状態に戻っていた。兜や盾で目を守ったおかげで、完全にものが見えなくなった訳ではないが、視界の一部には若干の光の跡が残っていた。
光の跡のせいで、見えている景色は光の調整に失敗したかのように、薄暗さと明るさを交互させてくる。
目の異常に戸惑っている間に、階段の方にいたはずの赤茶髪の女は、いつの間にか消え去っていた。
『消えた……?』
「逃げたのか……。砂衣の魔女、あの赤茶髪の女については俺に任せて、お前は渇く神をどうにか……」
もう1度鎧と盾を生み出しながら、横にいる砂衣の魔女に渇く神を早く止めて頼むが返事がない。
そもそも物音がしなかったので、しっかり姿を捉えようと兜を外してみると、なんと砂衣の魔女はいなかった。
『こっちも逃げた……?』
砂衣の魔女が逃げるということはあり得ないだろう。
奴は己の矜持を汚す者を許さない。赤茶髪の女に騙されて廃都まで出向かされた屈辱を、絶対に晴らそうとするはずだ。
砂衣の魔女が素性の分からない女1人に負ける姿を想像することはできないが、万が一、万が一にも奴が死ぬ結果を迎えては困る。
リリベルの頼みごと、彼女の師であるダリアを元に戻す方法を知っているかもしれない魔女を生き永らえさせることは、絶対に成し遂げるつもりだ。
『追う前に、閉じ込めた皆を助け出そうよ……』
リリベルのことになると周りが見えなくなる癖を、セシルは理解してすぐにリリフラメルたちのことを指摘してくれた。




