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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第2章 弱い騎士殿の初めてのあれこれ
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私からの初めての口づけ

 ゆっくりと目蓋を開けると、淀んだ空が見えた。


 背中はじとっとした湿り気を感じさせ、ひどい死臭と相まって最悪の寝起きだ。


 身体を起こして周囲を確認するとセシルもローズセルトもヒューゴ君もまだ倒れている。


 夢の中で戦っていたヴロミコのいた方へ顔を向けてみたけれど、やっぱりこれが現実だとこれまでの記憶を思い返す。

 今度はヴロミコの近くにいた微睡む者(ドーズマン)の様子を確認してみる。

 どうやら彼はまだ辛うじて息をしていたようだ。私の気配を感じ取ったのか、彼の方から口を開いた。


「……なぜ、まだ夢の中にいると分かったんだ」

「理由は色々あるよ」

「……馬鹿な」


 こうして目覚めた今、夢で見たことのほとんどは覚えていないけれども、1つだけはっきりと覚えていることがある。

 ヒューゴ君のことだ。夢の中に出てきた彼のことはなぜだか覚えている。


「君は今まで、()に夢を見せていた。だから私が見た夢は、私の無意識によって現実で体験したことよりも私好みに改変されていた。とても良い夢だったよ」


 呪いの楽譜の依頼を解決した時に、歌が上手かったのはヒューゴ君ではない。私の方が上手かった。音痴なのは彼の方だった。

 彼の歌が上手くて、私が下手だった場合はどのような夢になるだろうかと無意識に思った結果、私好みの夢に変わっていた。


 強盗に家を襲われた時、私はすぐにヒューゴ君の怪我を回復魔法で癒やした。怪我を放っておいたりしなかったし、彼に意地悪なことも言っていなかった。

 わざと彼に意地悪なことをして、彼がどういう表情をするのか見たいと無意識に思った結果、私好みの夢に変わった。


 私が風邪を引いた時、滅茶苦茶な家事をしたのはヒューゴ君ではない。意識が朦朧とする中で、彼に任せずに私がやろうとしたことで失敗した。彼は熱でうなされていた私の代わりに家事を卒なくこなしてくれた。




 私が師匠との話を彼に打ち明けて泣いてしまった時、ヒューゴ君からは抱き締めてくれなかった。卑しくも私から彼に抱きついたのだ。


 他にもたくさんあるけれど、とにかく私は私の欲望のままに夢の内容を変えて楽しんでいた。


「でも最後に見た夢、君と泥衣の魔女と戦った時の夢は、私の夢じゃない」




「あの夢は私の騎士が見た夢だ。騎士の夢に私たちは最初から同居させられていた。泥衣の魔女もね」


 私を夢の中に閉じ込めておけないと悟った微睡む者(ドーズマン)は、ヒューゴ君に標的を変えた。

 彼の夢の中で私たちを閉じ込めようとしたのだ。




 ヒューゴ君もまた無意識に夢を自分好みに改変していた。本当は現実がこうなれば良かったのにという思いが、夢に反映されたのだ。


 最後に見た夢は彼の見た夢だった。

 だから最後の夢だけはほとんどのことを覚えている。彼の見たかった夢は、私にとって興味深くて忘れる訳にはいかなかった。


 彼の中の私は、偉大な魔女になっていた。照れるね。

 私は2回目の『万雷(ばんらい)』で幾千もの泥人形を倒し、泥衣の魔女に心から感心させ降参させた。


 でも、現実は違う。

 私は1回目の『万雷(ばんらい)』を唱えてから、魔法の反動で疲れて膝を地につけていた。

 それでもセシルが『瞬き』をして泥衣の魔女を()()()


 優しい彼は、夢の中で泥衣の魔女と私を友達にした。

 多分、泥衣の魔女を1人ぼっちの魔女にさせたくなかったのだろう。彼女に孤独な死を迎えさせたくなかったのだろう。


 ヒューゴ君らしい、敵に対しても気持ち悪い優しさを披露してくれた。


 ただ、彼が微睡む者(ドーズマン)に『瞬雷(しゅんらい)』を放った理由は分からない。

 現実で微睡む者(ドーズマン)に雷を落としたのは私だ。


 彼なりの怒りがあってそうしたのか、私の落雷で死んでしまうのを可哀想に思ってあえて死なないように不完全な雷を放ったのか。

 彼の全てが理解できている訳ではないので、考察は尽きない。




「私が興味を持っているのは、私の騎士だけだ。今の私は誰彼と構わず優しさを与えられるような魔女じゃない。だから自分自身の行動に疑問を思ったよ。まるで私の騎士がやりそうなことを考えているとね」


「そして決定打は、君が()()()()()()私の騎士に化けていたことだ」


「彼の夢の中だろうが、私の夢の中だろうが、現実だろうが、彼は私に危害が及びそうになると、自身に危険が降り掛かろうとも私を助けようとする」


 最後の夢の中のヒューゴ君は、彼の回りにいる泥人形を相手することにずっと集中していた。

 私が4本腕の泥人形に吹き飛ばされた時に、彼は駆けつけなかった。


 自分で言うのはおこがましいし、自意識過剰だとも言われるだろうけれど、これだけは自信を持ってはっきり言えるのだ。彼は私に何かあれば()()()で私を助けようとする。


 これまで彼を観察し続けた私の今の評価だ。


 だからこそ私は、夢から覚めたその世界も夢の中であると自覚することができた。




「あ、さっき良い夢とは言ったけれどね。こうして目覚めて夢を自覚した今は、全て私にとって悪夢だったと思えるよ。だから私に相当な精神的苦痛を君は与えていた」


 だって、夢に出てきたヒューゴ君はヒューゴ君の皮を被った別人なのだからね。

 私好みの良い夢だったけれど、結果として最悪の夢だったよ。


「それに君は私の雷魔法を直撃しているのに、今も会話ができている。その辺りは素直に称賛するよ」

「うざい……死ねよ」

「あと、もう1つ。君はあくまで誰かが体験した出来事を夢にしかできないようだから言っておくけれど、夢はもっと破茶滅茶な方がいいよ。そっちの方が夢っぽいと思うよ」

「死ね……」


 微睡む者(ドーズマン)は暴力的な捨て台詞を吐いた後、胸の動きを止めて、2度と喋ることはなかった。


 彼の息が止まる前に、悪夢を見せられたことに対するささやかなお礼を言えたので、私は満足だ。

 ふふん。




 彼の死を見届けた後、再び私は泥衣の魔女のもとへゆっくりと歩み寄る。

 彼女は既に動かない。


 顔を見ると健やかそうな顔色で微笑んでいて、まるで良い夢でも見ているようだった。

 私は彼女の頬に手を当てて少し撫でてあげた。

 彼女に付着している泥は乾いていて、簡単に剥がれ落ちた。


「おやすみ。私の友達、ヴロミコ。良い夢を」



 ◆◆◆



 この先の出来事は、私にとっては辛いことなので思い出したくない。


 眠りこけていたセシルやローズセルトたちは問題なく起こせたのだけれど、ヒューゴ君だけはいくら揺り動かしても起きなかった。


 ローズセルトは彼にキスしろと私に言ってくる。

 微睡む者(ドーズマン)によって夢の舞台にさせられた人は、なぜか知らないけれど口づけをしないと起きない。


 ローズセルトがふざけて(はや)し立てるのはまだ分かる。

 だが、なぜセシルまで興味深そうにこちらを見ているのか。君は目が見えないでしょう。


「私は別にリリベルの友達じゃないから……ここに居ても構わないでしょ……」


 なぜ君は不貞腐れているのだい。


「セシル、お願いがある。彼を私の家まで運ぶのを手伝ってくれないか」

「嫌よ……」

「え、ちょっと。セシル?」


 ローズセルトが私とセシルの間に身体を乗り出してにやにやと笑いかけてきた。


「私が手伝ってあげようかしらあ?」

「君は黙ってろ」

「ああん」


 ぷりぷりと気持ち悪い身動きをしているローズセルトは無視して、セシルの手を取って真面目にお願いをする。


「セシル、一体何をそんなに拗ねているのさ」

「拗ねてない……」


 無視されていたローズセルトが私の耳に手を当てていきなり話しかけてきた。


「セシルちゃんはあ、夢の中とは言え、リリベルちゃんが泥衣の魔女と気軽に友達になれたことに嫉妬してるのよお」


 私はともかく、君たちは良く夢の内容を覚えていられるなと思った。


「聞こえてるし……違うわよ……」


 セシルは拒否しているけれど、耳が仄かに赤い。


 ローズセルトに褒めるところがあるとすれば、彼女は他人の感情を読み取るのが得意なところがある。

 自分のことを強迫的に愛するように仕向ける呪いを持っている割には、なぜか他人の心の変動には機微でも反応する。


 だからセシルが嫉妬しているというローズセルトの言葉は信用に値すると思った。


 今のセシルは私よりも年齢的にも精神的にも大人なはずなのだけれど、私よりも幼く感じる。

 嬉しいけれど、意地悪して彼女の嫉妬心を喜んで利用させてもらおうかな。


「セシルは私の友達だよ。だから、お願い?」


 私史上、類を見ない笑顔をセシルに披露して、彼女の手をさっきよりも強く握る。

 そうしたら彼女は顔を伏せてしまった。


 ちょろいぜ。


「でも面倒だから……私は離れてるからここで彼を起こして」


 私の笑顔を返して欲しい。

 セシルは私の手を優しくも無理矢理離すと、弟子たちの元へ歩いて行ってしまった。




 ローズセルトは私がヒューゴ君に口づけをするのを期待していて、退()く気は全くなさそうだ。


 私はローズセルトの一瞬の隙を突いて、素早く彼の頬に口づけをしてみたが、彼は起きなかった。

 その様子を見たローズセルトは面白い冗談でも聞いたかのような笑顔で私に語りかけてくる。


「口と口じゃないとお」

「五月蝿い」


 私は観念して、今度はゆっくりと彼の顔に近付く。

 彼の顔に近付けば近付く程、胸に謎の痛みが走り強まっていく。


 微睡む者(ドーズマン)め。最後の最後にとんでもない魔法を仕掛けてきたな。

 もっと彼に文句を付けてやれば良かったと思いながら、目を瞑ってマントを強く握り締めて、彼の顔に触れる。


 ローズセルトがきゃあきゃあと五月蝿く騒ぎ立てているので腹が立つ。




 ヒューゴ君は起きたけれど、後のことは正直記憶にない。


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