3重9
「アイツだよ。私たちが見た砂色のマントを羽織った奴ってのは」
「俺が探している奴で間違いない」
シェンナたちにはそこで留まるように言って、俺だけが砂衣の魔女へ歩みを進める。
リリフラメルが「私も行く」と強く言ってきたが、彼女の肩をしっかりと掴み残した彼等を守って欲しいと伝えると
、彼女は不服そうな顔を見せながらも従ってくれた。
「無駄な問答をするな。私の時間を散々奪った償いをここでするか?」
相変わらず高圧的で冷たい喋り方であった。
同じエルフでもシェンナとは大違いの性格だ。
だが、どう生きればここまで性格が捻じ曲がるのかは一切興味がない。俺にとって奴は、リリベルを殺そうとした悪党だ。
ゆっくりと歩み寄り、遂に砂衣の魔女と正面で対峙する。
「元黄衣の魔女はどこにいる」
「ここにはいない。俺が彼女の使者としてここに来た」
「人間風情が」
恐らく今回の件で対等の立場で話し合える存在は、奴の中ではリリベルしかいないのだろう。
身分違いの俺が言葉を交わしているだけで、奴にとっては屈辱に感じることだろう。
良い気味だ。
「人間風情で申し訳ないが、我慢してもらおう。お前が俺の主人を害する可能性があるからな」
「面白い。いつでも殺せる雑魚を罠にかける意味があると思うのか」
『相変わらず鼻につく喋り方……でも、本当にあの子を殺そうとしていた訳じゃないみたい……』
元歪んだ円卓の魔女であるセシルから、その言葉が聞けただけで安心した。
砂衣の魔女もまさかこの場にセシルがいるとは思っていないだろう。
「此方は用心に用心を重ねていきたいんだ。勘弁して欲しい」
砂衣の魔女は一瞬眉をひそめたが、すぐに話を切り替えてくれた。
俺が奴の挑発に乗らず、あっさり引いたことが不思議だったのかもしれない。
此方の出方次第では、奴は交渉が上手くいかなかった体にして、俺やリリベルを殺しかねない。
俺たちは不死ではあるが、不老ではない。奴の魔法を受ければ、俺たちに失うものはあるから、あくまで事を穏便に済ませなければならない。
「手紙は読んだか?」
「読んだ。主を魔女協会に戻す代わりに、渇く神を倒せ、と」
「いつ倒す」
「その前に条件がある」
砂衣の魔女の眉がまたピクリと動いた。条件を付けられるとは予想していなかっただろう。
奴は格下の者によって想定外の出来事を起こされると、それだけで気分を害するようだ。
「緋衣の魔女を覚えているか? 彼女も魔女協会に戻して欲しい」
「少しは我々にも利が生まれる提案をしてみたらどうだ」
「利ならあるだろう。魔女協会にこれ以上血が流れることはなくなるという、何よりもの利が」
「挑発のつもりか? なぜ私が貴様等とわざわざ会うのか、理由を理解できていないのか?」
再び空気が険悪になる。
決して挑発してはいけないと考えていたはずなのに、気付けば奴を挑発するような言葉がすらすらと出てきてしまった。
列車でリリベルが奴に殺されそうになったことが、いつまで経っても頭の中にこびり着くかのように残っていた。意識を向ける度に、奴を憎いと思ってしまうのだ。
脅し合いは更に状況を悪くする。
この先はリリベルのためにもなることだと自分に言い聞かせながら、深呼吸をして己を落ち着かせる。
馬鹿なことを口にするな。
奴が喜ぶことを考えて行動しろ。
最後にはリリベルのためになるはずだ。
「……何の真似だ」
その場で片膝を地に突き、頭を垂れて砂衣の魔女に願った。
「緋衣の魔女は黒衣の魔女の手先ではない。ここ数年、彼女と同じ時を過ごして感じたことだ」
「俺も俺の主も、緋衣の魔女が元の地位に戻ることを望んでいる」
「どうか砂衣の魔女よ。俺と俺の主の願いを聞き届けてはくれないか」
元緋衣の魔女、エリスロース・レマルギア。
彼女は魔女協会から、黒衣の魔女の手先だというあらぬ疑いをかけられた。
魔女としての地位を失い、望む生き方を制限させられるという罰を一方的に科せられた彼女は、救われるべきなのである。
協会の魔女を何人も殺してきた俺やリリベルは、彼女たちからすればとんでもない大罪人である。
その大罪人を許すというのだから、今更冤罪の魔女1人を救うぐらい訳はないはずだ。
話し合いの相手が砂衣の魔女だと分かった時から、俺はエリスロースの復帰を条件に出すつもりだったのだ。
それに、これは砂衣の魔女としても悪い話ではないはずだ。
リリベルが奴と戦うことになったそもそもの理由は、奴が追っていたエリスロースに脅されて仕方なく戦ったからだ。
エリスロースが無実であったことを砂衣の魔女が認めるなら、エリスロースが反抗したことは正当なことであり、彼女の行動は帳消しになる。
つまり、列車上での出来事、奴の失態も同時に帳消しにできる。些細な行き違いの果てのちょっとしたことで終わりにできる。
奴の矜持は保たれたままにできる。
そして、俺が奴に頭を下げて願うこの行動は、奴にとって重要な矜持を回復して欲しいとリリベルが頼んでいることに等しい。
奴は言葉の裏を読み取ることができない馬鹿ではない。
敢えて矜持について語らなかったことに、意味があるとが伝わるはずだ。
『お堅い話は面倒で嫌いだわ……』
セシルは両足をばたつかせて、欠伸をしていた。




