3重7
廃都の城壁は、思った以上に破壊されていて、積み上げられた大石はいくつも歯抜けになっていた。
城壁のどの部分がいつ崩れるかも分からない状態だったが、問答無用で雷が迫り続けて来るために、既に崩れている場所から内部へ進むことを余儀なくされる。
俺とリリフラメルが先導して、スーヴェリア、ヴラスタリ、ダナと続き、最後のシェンナが崩れた石の山を越えると、逃げ道をなくすかのように雷が何度も城壁に降り注いだ。
俺たちが通った瓦礫の山に、左右から大石が崩れ落ちて来て、その破片から逃れるために更に奥へ進まされる。
そして、風が舞い始めると同時に、雷は止んだ。
風は徐々に強くなり、砂埃が掻き集められて周囲を舞い上がり始める。口の中に砂利が入るので、不快感で一杯になる前に、皆で形が残っている家屋に退避する。
どの家屋も背が異様に高い。
今は丁度夜明け頃で、そろそろ周囲が明るくなり始めるはずだが、こう背の高い建物ばかりだと光が差し込む余地が少なく暗がりのままだろう。
昼時の暑さを凌ぐための工夫なのかもしれないが、家屋の中は凍えるように寒かった。
吐く息が白く、外に出た方がマシだと思えるような寒さである。
本来は寒くならないよう何らかの仕掛けが施されているのだろうが、住人がいなくなったこの家で、機能を維持できるはずもない。
皆の息が落ち着いてから外の様子を覗くと、外は凄まじい嵐が起こっていた。
目の前の通りでさえ、暴風の砂嵐が今まさに巻き起こっているかと思ったら、いきなり雷雨になる。
雨水は家屋を穿ち新たな穴を開けて、内部に侵入する。酷く風化した建物などは一溜まりもなく、あちこちで倒壊する音が聞こえる。
神々が起床して己の存在を誇示するために暴れ回り始めたのだ。
この状況が長く続いても未だに廃都としての形を残しているのは、不思議な話である。
「ぜえ……はあ……心臓が破裂するかと思ったぞ」
「普段から運動しろって言ってだろ?」
スーヴェリアやヴラスタリは軽口を叩き合う余裕を取り戻したみたいで良かった。
ヴラスタリから貰ったランタンを早速使って、光で薄暗い部屋の中を照らすと、シェンナやダナは持ち合わせている武器や荷物の確認を行ない始めた。
リリフラメルは眠いのか立ったままうつらうつらと頭を何度も小さく振っていた。
「食料はヒューゴが持っているもので全てか」
「どうしましょう」
生物がいなくなったこのような場所で食料が見つかるはずがない。
どうしようもないと考えていたが、スーヴェリアとヴラスタリは気楽そうに提案した。
「ふう……虫ぐらいはおるだろう」
「ああ、家屋の中だったら外より安全だし、小さな生き物ぐらいいる気がするぜ」
流れで来てしまったとはいえ、2人は初めて訪れた廃都に少しばかりか興奮していた。
神の悪戯に巻き込まれて死ぬかもしれないという恐怖より、廃都に来たという興奮が感情を優先しているようだ。寝ずの行動で頭が変になっているのかもしれない。
「まずは休める場所を探そう。途中で食べられそうな物があるなら、全部持って行こう」
形が残っている家屋がこれだけあるのだから、無事な寝具が1つぐらいはあるかもしれない。望みの薄い期待に無理矢理胸を膨らませて、俺たちは家屋の奥へ進入することにした。
進んでいる内に分かったことは、この国の家屋は互いに繋がり合って内部も行き来できるようになっていたということだ。
試しに入ってみた家屋の廊下部分を奥に進んで行ってみたが、いつまで経っても行き止まりに辿り着かなかったので、建物同士が繋がっているという結論に至った。
一軒の独立した家ではなく、乱立しながらも繋がり合っている巨大な建物なのだ。常に嵐に晒され続けても形を残していられるのは、この独特な建築のおかげなのかもしれない。
だから内部は迷路のように広かった。
「窓がない部屋もある。随分と穴倉が好きな奴等が住んでいたようだな」
「布は……駄目だな。触った瞬間から崩れてしまう」
ヴラスタリとシェンナが部屋の1つに入って物色していたが、触れる物全てが砂のように崩れ落ちてしまう。
見た目は埃かぶった部屋だ。時間が止まったかのように国でなくなった当時の姿を残しているが、どれでも触れてしまえば、止まった時間が急速に動き出したかのように形を崩してしまう。
足元も1度そこを踏みしめれば踏みしめた分、建材が削れたり崩れたりする。特にダナは、気の毒なくらい床を踏み抜く。
他の部屋はどうだろうかと彼等が調べている隣の扉を開けてみると、此方も埃かぶった部屋であった。
扉は開けると同時に、蝶番が外れてそのまま奥へ倒れてしまう。倒れた衝撃で埃が一気に舞い上がって、部屋中が真っ白になる。
明らかに呼吸してはならないその様子に、部屋を調べることなく廊下に戻る。
休めそうな部屋も食料も見つかりそうな雰囲気がなくて、気が滅入ってくる。




