3重4
明くる日。
廃都に1番近いオアシスを出発し、廃都まで丁度半分の地点に到達した頃。
オアシスでは目に見えて巨大な城壁だったが、更に巨大化している。
城壁の大きさはそのまま国が栄えた証にもなる。リリベルと共に様々な国に渡り歩いて学んだことだ。
亡国ネテレロはレムレットと同等と言って差し支えのない城壁の高さであった。
そのような国がなぜ滅ぶに至ったのか。
いや、正確には滅んだ理由は本で知っている。知っているからこそ、結果として滅んだという事実に行き当たったことが信じられないのだ。
栄華を極めたであろう国の残骸が目立ち始めて、尚更に国が滅ぶ瞬間が気になってしまう。
もう後何日か経てば砂漠を旅して1ヶ月になる。
ここに来てさえの魔女がいないということになれば、いよいよまずい状況になる。
1ヶ月経ったのなら、砂に飲まれて滅んだ国も増えただろう。
渇く神を絶対に止めるために、廃都に砂衣の魔女がいてくれることをサンドワームの背で祈り続ける。
「やっちまった」
この状況でスーヴェリアから良い意味を含めてはいないであろう言葉が飛び出てきた。
続いてヴラスタリも動揺を表し始め、分からぬままに釣られて動揺する。
念の為、盾だけを具現化して戦いの準備はしておく。
「なんだアレは」
シェンナが目を細めて見つめていた先を見てみると、砂漠の上に真新しい看板が突き刺さっていた。
木でできた看板は、1本の足を砂に突き刺した状態でしっかり立っていた。
風化もせずにしっかりと形を残した看板があるということは、比較的最近に立てられたものだと窺い知ることができる。
しかし、その見立てはこの地を良く知る2人によってあっさり崩されてしまった。
「試す神が試練を与える時の姿に間違いない」
「うっわ懐かしいな。子供の頃は良く現れてたぜ」
ヴラスタリとスーヴェリアは懐かしそうに試す神を語る。割と良く見るのだろうか。
「粗末な看板が見えているなら、神に選ばれたということだな」
「俺は見えている」
「私も」
『私も……』
サンドワームに乗る全員が看板を視認できていた。
残念ながら事前に得た知識の中に、あの看板のことについてはなかった。読み落としたのか、それとも最近の物忘れに紛れてしまったか。
どちらにせよヴラスタリたちに素直に聞いた方が早い。
「あの神は、見た者に間近に困難があることを教えてくれる神だぞ」
試す神は生ける者全てに現れ、平等に未来に起きる困難を教えてくれるらしい。
言葉を交わし知識を持つ種族に対しては、看板という形で現れることが特徴だ。
見た者が困難に向かう行動を行えば行う程、看板との距離が近くなる。身体に触れる距離にまで近付くとやがて消えてしまう。
逆に困難から遠ざかる行動をとった場合は、看板との距離は遠くなるが最後だけは同様に消えてしまう。
「まあ見えたところで、どんな行動が困難と関係しているのか考えるのは難しいぜ」
「正解が言葉なのか仕草なのかは分からんし、一定の期間における特定の行動だった場合は大抵、どうしようもないからなあ」
「それでも聞いていると何だか優しい神様ですね」
ダナがほっこりとした表情で言った。優しさを形にしたような彼には、試す神は良く見えたことだろう。
「まさか。タチの悪い神だぞ」
俺とダナの期待ごとヴラスタリがきっぱりと否定する。
「困難に立ち向かわなかった奴は、その生のどこかで立ち向かわなかったことを後悔する。絶対にな」
「そうだぜ。後悔は思い出さない限りやって来ないが、生きてりゃあ絶対にどこかで思い出す」
前に座るスーヴェリアが長い首を振り返して、ニタリと笑う。
「あの時ああしておけば良かった、こうしておけば良かったってな」
試す神と出会ったことを忌避しつつも、2人がどこか余裕そうにしていたのは、仮に後悔することになったとしても逃げ道があるからだろう。
この地では、努力して報われない結果になった時は全て神のせいにできる。
いや、努力がなくても失敗全てが神のせいにできる。
便利な文化だ。後悔が多い俺には必要な神かもしれない。
「悔いが残る結果になるかもしれんのに、困難から離れると姿を遠ざけて最後には消える。優しいなら普通逆のことをすると思うがな」
「確かにな。私の夫ならどちらでも近付いて来そうだが」
褒めているのか分かりにくい夫自慢をするシェンナは置いて、ヴラスタリの言うことは一理あった。
困難に気付いてもらいたいなら、普通はもっと分かりやすく教えるはずだ。
だから、困難に立ち向かう者に対して存在感をより主張することは、困難にどう対処するかを真近で見たいからだと思えてしまう。想像だが、もし本当に神がそのような性格をしているなら、なんと意地の悪い神かと思う。
そんな試す神という看板は、サンドワームが前に進めば進む程に遠ざかってしまっていた。
俺以外の皆が、看板は接近してきたと次々に告げたのに、俺だけが困難から遠ざかっている。
誰にも何も言わないままサンドワームの歩みに身を任せていると、遂に看板は消えてしまった。
つまり、この先のどこかで後悔する未来が確定した。
何に後悔するのかは分からない。
リリベルのことについてか、砂漠に関することか、それ以外のことか、その全てか。結果はその時になってみなければ分からない。
今は、砂衣の魔女がいるかもしれない廃都に向かう以外の選択肢がないのだ。
ここから退くことも前に進むことも悪手となり得るのなら、進んだ方が良い。そう思い込むしかない。
この場でただ1人、セシルだけは俺が感じ取ったことを知るが、彼女は俺を止めることはしなかった。
考えている間に、セシルが気付き頭の中で口を開いてきた。
『私は試練に立ち向かえば絶対に後悔することはない、とは思ってないわ……』
『分かれ道をどちらに選んでも、辿り着く先は同じかもしれないでしょ……? 受ける傷の深さが異なるだけかもしれない……』
『要は、今のヒューゴが後悔しない道を進めば良いと思う……』
青緑色の片目は、やんわりと微笑み俺の背中を押した。




