3重3
「気持ちという目に見えないもので動作を左右する品を作るのは、俺の趣味じゃないのだが。ここではコレが1番良い方法だから、仕方ないなあ」
髭を掻きながらヴラスタリが俺にランタンを渡してくれた。
金属の枠にガラスを嵌め込んだ重厚そうな見た目のランタンだったが、手で持ってみるとすごく軽かった。軽すぎて、持ち上げた時にどこかに吹っ飛ばしてしまいそうだ。
どのような金属を加工してここまでの軽さを実現しているのか、個人的には気になった。
その前に、俺のために便利なランタンを作ってくれた礼として、お代を渡すべきだ。
そう思って腰に提げた袋に手をかけようとしたら、彼は大きな手を俺の前に突き出して拒否した。
「ああ、いらんいらん! 気にするない! 趣味で作ったのだから、金なんか取れんわ」
しきたりのように、もう1度彼に報酬を受け取ることを提案するが、それでも彼が断るので、袋にかけていた手を元に戻すことにした。
「この砂漠に住む者は皆、優しいのだな」
「資源の乏しいこの地で生きていくには、助け合う以外の手はないからなあ。それぞれの得意分野で他を助けるという精神が染み付いておるのかもしれん」
「いい文化だと思う」
「そうか? まあ褒められて悪い気はせんから、言葉通りに受け取っておこう」
ドワーフは髭を触りながら控え目に笑った。髭を触りすぎるのは照れ隠しの癖だろう。
「お、ここにいたのか」
屋上の出入り口から、スーヴェリアが首だけを出して言った。
彼の首の長さはこういう時に便利だと思う。
そのまま身を乗り出して、袋を手に持ちながら俺のところまでやってくると、それをそのまま渡してきた。
ぶっきらぼうに「やるよ」と言われて、とりあえず受け取り中身を見てみると、鍵が1つ入っていた。
「廃都で人捜しするには、鍵があった方が良いぜ」
何がなんだか分からないでいると、ヴラスタリが彼に「もう少し分かりやすく説明しろい」とツッコミを入れた。
するとスーヴェリアは後頭部の鱗を掻いて、自らの説明不足に謝りをいれてきた。
「そりゃあ魔道具だ。鍵がかかっている扉を何でも開けられるぜ。廃都で待っている恋人に会うのに、鍵がかかっていたらダセェだろ?」
「そんなすごい代物を俺に……?」
「あくまで貸すだけだぜ。後で返してくれよ? 別にアンタを信用していない訳じゃないが、ソレで他人の家に盗みに入られちゃ困るからよ」
聞けば家の鍵を失くした時に、知り合いの魔法使いに貰ったらしい。
1度家の戸を開ければ用済みで、それ以来使っていないとのことだが、こうして廃都に用向きがある者に貸しているそうだ。
強面の彼もまた優しかった。
「そういやあ、カミさんは元気か?」
「ん? ああ、元気も元気。アレを買ってこいソレを買ってこいで、こき使ってくるぞ」
「腰をやっちまったんじゃなかったか?」
「そんなもん、とっくに治っとる。それよりお前さんにやったストーブはどうだった?」
「アレ、すげえな! 最高だぜ! 夜もぐっすりだ! 体温調整が効き辛い俺たちには最高のアイテムだぜ!」
「そりゃあ良かった」
互いに砕けた言葉で話すその態度は、2人の付き合いの長さをそのまま示していた。
2人は別々のオアシスに住む者だが、職業柄か良く会うらしく仲が良い。
別々のオアシスに住む者でも、交流があって仲良く暮らしていることが分かる世間話を聞いているだけで、心がほっとする。
だから、レオスの言葉はより重くのしかかってくる。
渇く神を倒すのではなく、この砂漠の均衡を保つために、別の方法を用いなければならないという無理難題に応える必要性をより強く感じた。
スーヴェリアとヴラスタリが自分たちの部屋に戻った後も、1人で屋上に留まっていた。
夜が来ると廃都にあった無茶苦茶な嵐は消えていた。
砂も舞っていないし、霧もないし、水も噴き上がらない。
暴れ回る神々も黙する神に対しては恐れを抱いているのかもしれない。
何せ僅かな音が鳴るだけでぶち切れる神だ。誰も神経質な神を怒りたがらせたくないのだろう。
だが、静寂を愛する神はオアシスを攻撃したりはしない。
だからオアシスは黙する神に対抗するための手段を講じてはいない。
黙する神は、あくまで静かなはずの場所を守るための存在であって、生き物が集まり暮らす場所で静寂を守らせたりすることはない。
暮らしがあるということは音があるということだ。夜でも当たり前に音が出る場所を無音にさせることは、あの神の存在意義に反する。
騒いで良い処を黙して見守り、その他の夜のしじまを保つことこそが、黙する神の役割なのかもしれない。
『夜に行った方が良いと言わんばかりの状況じゃない……?』
セシルの言うことは尤もだが、賛成はできない。
夜以外は暴れ回っている神々が、夜には黙る。つまり、昼に起きている全ての神を黙らせる程の力を、黙する神は持っている。それだけで黙する神の危険性が分かる。
夜以外に行った方が良いと思う。
『そう……』
セシルは言葉の節々で間を置く癖があるので、他愛のない会話でも意味ありげに聞こえてしまう。
だから先程の肯定のひと言が、何らかの含みを持たせているのではないかと思えてしまう。
『考えすぎ……ただ肯定しただけよ……』
こういう時に頭の中の考えがすぐ伝わるのは便利だ。
それが当人に伝えたかった話かどうかは別だが。




