3重2
砂漠の地で初めて馬車のような乗り物に乗った。
しかし、それは馬車のように見慣れたものではなかった。
蛇のように長い虫だ。
サンドワームと呼ばれる魔物で、スーヴェリアのペットらしい。これをペットとして飼うのは常軌を逸している。
鎧のように硬い甲殻で背を覆っていて一見動きにくそうだが、多数の節が存在することによって滑らかに動くことを可能としている。
数え切ることができない細長い脚は、波打つように規則正しく動き前進を行っているが、間近でその様子を見るのは気持ち悪くて不安になる。
その気持ち悪さと引き換えに、深い砂を沈まずに進むことができる。
頭には2本の巨大な触角が生えていて、円形の口からは鋸のように鋭く生えた歯が幾重にもなって蠢いている。
「顔には近付かない方が良いぞ。コイツは仲間とか判断しないから、噛まれたら終わりだぜ」
スーヴェリアは自慢げに言っていたが、全く羨ましくはない。
だが、この虫は砂漠の移動を格段に楽にした。
巨体のおかげで、6人と多少の荷物を背に乗せてもサンドワームの動きが一切鈍ることはない。相当な力の持ち主である。
砂の上という特性もあるかもしれないが、多くの節があるおかげで平地以外でも乗り心地は良い。特に乗り心地に関しては馬車よりも格段に良い。
ただし、虫であるからこその弊害か、乗り手の細かな指示は聞かないし、速度は生身で歩くより僅かに速い程度だ。
手綱で進む方向を決められること以外は融通が利かない。
疲れて眠りに就こうとすれば、それを遮って無理矢理先を急がせることもできない。
全ては俺たちの体力の温存と引き換えの不自由である。
安心と安全の旅路は暫く続いた。
丁度昼になった時と夜の間は、サンドワームが睡眠を摂るために強制的に俺たちも休む必要性があった。
そのことを含めて次のオアシスに到着したのは4日後だった。
そして砂衣の魔女はそこにはいなかった。
中途半端な神への祈りはどうやら届かなかったようだ。
これからは廃都に向かって1つ1つオアシスを渡り、砂衣の魔女が見つからなければ、更に進むということを繰り返す。
4つ目、5つ目と行き、そして今、廃都に最も近いオアシスにたどり着いた。
途中までに何度も砂衣の魔女と黄衣の魔女の目撃談を聞いた。
砂衣の魔女に関しては、一貫して砂色のマントを羽織る者を遠目に見たという話ばかりで、顔を見た者はいない。
尤も奴の特性を考えれば、誰も近付くべきではない。奴自身も無闇に誰かに近付こうとはしないので、顔が分からないのも無理はない。
黄衣の魔女の方は聞けば聞く程、不思議な話ばかり出てくる。
共通した情報としては、魔女を近くで見た者は、特徴に赤みがかった茶髪を挙げる。または、遠くから赤い雷を見て、それが黄衣の魔女の仕業であることを知ったという話だろう。
不思議な話に関しては、魔女を近くで見た者から多くを聞くことができた。
魔女と接している間に、知恵をもらい生活に彩りを飾る術を実践していた。
砂を硬めて器を作る魔法や睡眠時のいびきを解消する魔法、耳の中に詰まった水を取り出す魔法など、わざわざ魔法にして教える必要があるのかと思えるものまであった。
ただ、魔法の知識がない者でも、魔法を扱うことができるように、必要な道具一式の揃え方や手順までしっかりと教えられたという逸話は、リリベルに通じる優しさがあった。
「結局、廃都まで行くってことって良いんだよな」
ヴラスタリが横で作業をしながら尋ねてきた。
借りた宿の屋上から廃都を臨む。
砂以外何もなく見通しが良いおかげで、廃都の様子は肉眼でもはっきり確認できる。
廃都というだけあって遠目でも見える立派な高さの城壁があるが、ほとんど崩壊していて中の町並みの様子を覗くことができてしまう。
ここからは望遠鏡で見た廃都の様子だ。
城壁の隙間から見える町並みも、砂によって崩壊している。脱色したのかと勘違いしてしまうぐらい、1色だけでしか表現できない建物の群れが悲しげに陳列されている。
「明日、行く。途中までで構わないから近付ける所まで行って欲しい」
「それは構わないけれどもよ」
建物以外の情報を確認しよう。
廃都は嵐。常に天気は荒れ模様である。
霧が廃都に渦巻いては散ったりを繰り返していて、たまに雷が中で轟く。
中で爆発でも起きているのか、大量の水が都から空に向かって噴き上がり、稀にこのオアシスにまで飛沫が飛んできたりする。
「幾ら神々の悪戯に対策をとっていたとしても、廃都でだけは上手くいくかは分からないぞ」
「あの様子だと1つの神に対応している間に、別の神に襲われそうだな」
「運が悪ければ死ぬ。運が良ければ生きる。あの都は単純な世界でできている。死に急ぐにはちと早いんじゃないかい」
「死に急ぐ……ははっ」
シェンナとダナは随分と運が良いようだな。
廃都に入る資格があるのは、とてつもなく運が良い者か、死んでも死なない者ぐらいしかいないじゃないか。
ヴラスタリが弄り回している謎の塊が気になって、何を作っているのか尋ねると彼は呆れ顔で返答をした。
「はぐらかしたな……まったく。これは、ほれ」
「眩しっ」
ヴラスタリは眩い光を放つランタンだった。
間近で雷を放たれたかのような光の強さに、ヴラスタリの姿は光の中に隠れてしまった。
「む、光が強すぎたか」
「何だそれは」
「極光する神の力をランタンに組み込んだ。これを使えば、暗がりでも人間が不便に思うことはないぞ」
彼の急ごしらえの発明品は、ドラゴンとかが吐くアレを使わない光源になる物だった。
廃都で行動するなら持っていた方が良いと俺のために作ってくれたようだ。ありがたい。
「極光する神への信仰を表す札が、この中に入っている」
「使用する時は祈れば良いって訳だな」
「そこまで深く神を思わなくて良いぞ。光を欲するぐらいの気持ちがあれば、使えるから安心せい」
目にも止まらぬ手捌きで、ランタンの中の機械的な部品を弄り回して、そして再び完成形に戻す。
たった数回の会話の間に光の調整をした素早さは、すごいと言わざるを得ないし、その技術力には憧れる。
再び放たれたランタンの光は、丁度良い明るさだった。




