3種類の雨10
手紙を配達員に託した後、宿屋へ戻るまでの帰り道でのことだった。
帰り道といっても建物と建物を挟んだせいぜい数十歩の道のりだが、その間に興味深いことをしている者たちがいた。
この地に伝わる遊びなのか、他では見たことのない様子だった。
4、5人で1つの的を囲む組が2つあった。
1つは円形の木の板に矢が突き刺さっていた。
的を囲む誰かが『矢雨』と唱えると、空から空気を切り裂く甲高い音を立てながら1本の矢が降って来た。
その矢が的には落ちずに、すぐ横の砂に突き刺さると他の誰かが「下手くそだなー」と詠唱した者を揶揄う。
魔法使いか魔女かが彼等に魔法を教えたのだろう。本来の用途は、どう見ても相手を傷付けるための魔法だ。
矢を降らせる魔法なんて戦いの時にしか用事がないから、戦いとは無縁の場所ではこうして遊びの道具として使われているのだと推察できた。
平和で良いことだ。
もう一方の的当ての方を見てみると、的になっている物は木の板ではなく、黒い大きめの石であった。
1つ目の的当ての様子を見てから、興味ができた俺は、2つ目の的当ての組も気になって、彼等により近付いて間近でその様子を窺った。
砂地に小さな魔法陣が描かれていて、側には木の枝が寝ていた。
1人の子どもがその魔法陣の上に手をかざして、他の参加者の囃し立てさせて場を盛り上げていた。
盛り上がりが最高潮になった時に、子どもが詠唱した。
『雷雨!』
たったひと筋の細長い光が、視界を奪う眩い光も、耳をつん裂く激しい音も伴わずに、子どもの手から放たれて黒い石に到達した。
黒い石は破片を撒き散らすこともなく、静かに光を受けると、間もなく石の中心辺りが赤く光り始めた。
どうやら黒い石がどれだけ赤く光るかを競う遊びらしい。
他の参加者がおおと声を上げて子どもの健闘を称えた。
両方とも詠唱の中に「雨」を含めるのだから、本来は矢の雨や雷の雨が降り注ぐことが正しい結果になるのだろう。
魔力の扱いに疎い者たちだから、威力が低く雨にもならない。
だからこそ、この遊びが成り立つのかもしれない。
彼等の遊びを見ていたら、1人のゴブリンが俺も遊びに参加するかと尋ねてきた。流暢に言葉を話すゴブリンだったから、この地に住んで長いことがすぐに分かった。
「見ているだけで大丈夫だ。声をかけてくれてありがとう」
「物珍しそうに見ていたから、やりたかったのかと思ったよ」
「他では見ない遊びだから気になったんだ。どこかの魔法使いに教えてもらったのか?」
「そうさ。魔法使いじゃなくて魔女だけれどね」
魔女との距離感が随分と近いのだな。
先祖代々から刻まれたはずであろう魔女への畏れとやらはここにはないようで、魔女を語る彼の表情からは、怯えた様子は特になかった。
「黄衣の魔女っていう変な言葉遣いの魔女から教えられたって父さんは言っていたっけな」
「ああ、それなら良く知っている。変な言葉遣いをするが、綺麗な金色の髪をした魔女だな」
いや、待て。
この地で教えられたのなら、リリベルではなくカルミアかもしれない。リリベルに憧れた彼女が自作の魔法を自慢するために、リリベルの名と共に教え広めたという可能性の方が高い。
綺麗な金色の髪はリリベルを想像して語ってしまったが、カルミアも白みがかっているとはいえ金色の髪であることには変わらないと気付いて、言葉を訂正する必要はないと思って勝手にひと安心する。
「違うよ。髪は赤みがかった茶髪だよ」
即座にゴブリンが訂正して、俺は思わず聞き返してしまった。
「え、金色じゃないのか?」
「だって父さんが言っていたよ。黄衣の魔女の得意技は、赤い髪と同じ色の赤い雷の魔法だって」
誰だよ……。
『え……じゃあもしかしてあの子の弟子になりたがってた魔女って、別人ってこと……?』
セシルの推測を是とするにはまだ早い。
彼女が赤い雷を見たのは、この地ではない。また、雷を見た時に直接魔女を視認した訳でもないから、赤い雷を放った者が本当にリリベルである可能性は残されている。
それに可能性は他にもある。
リリベルが髪を赤く染めていた可能性だ。
『黄衣の魔女に執着していた頃のあの子は、髪を赤く染めていたりしないと思うわよ……』
たった今、リリベルが髪を赤く染めていた可能性はなくなった。
ゴブリンから、これ以上黄衣の魔女についての話は聞くことができなかった。
2つのオアシスを渡って、黄衣の魔女の名を何度も聞いてしまうと、さすがに気を向けざるを得なかった。
今のところは、彼女の名声を汚すような話を聞いていないが、どこかで悪逆の限りを尽くしていないとも限らない。
もし、もう1人の謎の黄衣の魔女が、リリベルの立ち場を悪くするようなことをしているのなら、彼女の騎士として偽者に文句を言う必要がある。
そのためにも、宿屋に戻って、リリベルに向けた手紙をもう1通したためることにした。
黄衣の魔女を騙る赤みがかった茶髪の魔女の存在を確認する手紙だ。




