3種類の雨9
2人の心配事を一旦は受け止めつつも、急ぎリリベルへの手紙をしたためるべく宿屋に戻った。
紙と筆記具を宿の主人にもらい、筆を走らせる。
『随分と長い文章を書いたわね……』
要点を伝えるだけなら、3行もあれば充分だが、1枚の紙にびっしりと文字を連ねてしまった。セシルは手紙の内容を俺の目越しに見ていて、引き気味であった。
書き終わって自分で見返してみたら、彼女が引くのも無理はない。
たった数日会っていないだけなのに、リリベルに対する感情の爆発が文字になってしまったのだ。まるで別れた女への想いを、未練満々に手紙に乗せた男のようだった。
『その例えは意味が分からない……』
要は女々しいということが言いたかったのだ。
『言葉足らずのあの子と、過言のヒューゴとが2人でいるなら、丁度良いのじゃないかしら……』
心にもないことを言うセシルだった。
手紙に封をしてから、宿屋の主人に手紙を届けてくれる店がどこにあるのかを尋ねて、その場所へ赴く。
無事に配達員に依頼ができて、ひと息ついてから元の話に戻る。
砂衣の魔女が罠を仕掛けているかもしれないという話だ。
『ヒューゴたちと会う約束を取り付けておきながら、この国で最も危険な場所で待ち合わせようとする……どう考えても罠でしょ……』
今がひっ迫した状況であることは、砂衣の魔女も重々理解しているはずだ。
砂漠は今も外に広がり続けている。
何より魔女協会として最も重大な懸念点である黒衣の魔女が、再びこの世で猛威をふるい始めていることを彼女たちは何よりも恐れている。
魔女協会が再び俺たちと接点を持とうとした理由は、ここにある。
彼女たちの狂気的な実利のために、リリベルにとある話を持ちかけてきた。
リリベル・アスコルトには再び魔女協会に返り咲いてもらう。
それが彼女たちの提案だった。
魔女協会に最も打撃を与えたリリベルは、今や彼女たちにとって最も黒衣の魔女に対抗し得る戦力と考えられている。
水衣の魔女、カルメ・イシュタイン。
桃衣の魔女、ローズセルト・アモルト。
紫衣の魔女、リラ・ビュロウネ・ヴァイネ。
碧衣の魔女、セシル・ヴェルマラン。
歪んだ円卓の魔女としては1日にも満たない内に殺してしまったが、夜衣の魔女もいた。
後もう1人いたような気がするが、思い出せない。気のせいかもしれない。
これら『歪んだ円卓の魔女』を3分の1以上も倒したリリベルの実力は、今や魔女界でも一目置かれた存在となっている。
この中には、彼女が直接対峙して倒していない者もいるが、現実として全てはリリベルの功績となっている。彼女の魔女としての地位が高まることは嬉しくもあったが、同時に彼女に争いの種が増えることは目に見えていて皆まで喜ぶことはできなかった。
それに、俺たちと魔女たちの戦いもなくなる。
自らの名を確かなものにするべく、一旗揚げようとリリベルを襲う魔女たちは少なくない。魔女協会としては、これ以上戦力を損失させたくないという意向もあるに違いない。
魔女協会にとって良いことずくめのことしかない。
ただ、問題は砂衣の魔女にとっては、黄衣の魔女や俺に害、つまり因縁があるということだ。
奴もまた己が使う魔法に矜持を持っていて、魔法を破られることを嫌う。尊大で他者を見下す性格も手伝って、自らに攻撃を与えることができた者に対して、八つ当たり気味に恨み執着する。
魔女協会の一員ではなくなったリリベルと俺は、奴にとって殺しても問題のない都合の良い存在であったが、元の鞘に戻ってしまえば簡単に殺すことはできなくなる。
だから、リリベルに魔女協会に戻ってもらう話は、砂衣の魔女が俺たちをおびき寄せるために仕掛けた罠だと疑っているのだ。
もしくは話は本当で、話がまとまる前に始末しようとしているのかもしれない。
「そのためにリリベルをオアシスに置いてきた。砂衣の魔女の罠だと分かったなら、俺とリリフラメルで奴を倒すつもりだ」
『へえ……じゃああの子の弟子になりたがっていた女は、ヒューゴの差し金だったってことね……』
「いや、あれは偶然だ」
カルミアとの出会いは偶然だ。
彼女はリリベルを騙すための仕掛け人ではなく、純粋にリリベルの弟子になりたがっていたオアシスの一住民だ。
1つ目のオアシスに辿り着くまでの間に、どうすればリリベルが付いてくることなく事を運べるのかと頭の片隅で考え続けていたが、カルミアとその父親のおかげで楽にここまで辿り着くことができた。
つまるところ、例え砂衣の魔女が罠を張っていたとしても、俺個人の意見としては突き進む意思があるということだ。
そもそも、俺の頭の中に居候しているなら、俺の考えぐらいお見通しじゃないのか。
『個人の秘密は探らないのがマナーよ……』
俺の考えを知っていてわざと話を合わせてくれているのか、本当に知らないのかいまいち判断がつかなかった。




