3種類の雨7
オアシスに到着したその夜のことであった。
休んでいた部屋の窓から淡い色のついた光が差し込んできたことに気付いた。
昼の光を極力取り込まないようにするため、窓口は小さく取り付けられていたが、それでも目立つぐらいの色の光だった。
窓口からは小さくて分かり辛いと思って、宿の外に出て確認してみる。
「お客さん、何かあったんですか?」
「外で変な光が見えたので、気になって」
言いながら外に繋がる戸を開けると、夜空一面に虹がかかっていた。
ただ、厳密には虹ではない。常に光はカーテンのように揺らめき続け、その光の色の大半は、緑か紫が占めていた。
「ああ、アレは極光する神の御業ですな。お客さん、アンタは運が良いよ」
「悪い兆候とかでは……ない?」
「まさか! 幸運の証ですよ! あの光を見たら願いが叶うなんて言われていますし」
「それは良いことを聞いた」
これも本で読んだ。
だが、文字として読んで想像していたものとは全く違っていた。想像していたよりも遥かに美しく雄大な景色だった。
店の主も何やら願いごとを始めたようで、目を閉じて祈りを捧げ始めた。
そして、俺も彼に倣って、願いごとをした。
神に対して信仰を持っているわけではないが、気まぐれで願いを乗せて祈るぐらいは許して欲しい。
この旅の目的が無事に達せられるように。
リリベルが幸せな生活を送ることができるように。
最近激しい忘れ物がなくなるように。
元気な子が生まれてくれるように。
さすがに注文が多すぎるか。
そして、時を更に進めて次の日のことであった。
平和そのものであるオアシスを歩き回っていたら、突如自分の名を呼ばれた。
振り返ってみると、オークの男とエルフの女が並んで立っていた。
他種族を全て敵対的に見る数が圧倒的に多いオークと、オークといくつもの因縁を持つエルフが隣り合っているのは非常に珍しい光景だ。
だからこそ、2人のことは憶えている。
「シェンナとダナじゃないか。こんな所で会うなんて思いもしなかった」
「私もよ。待ち合わせた訳でもないのに普通3回も会える?」
シェンナの言う通りだ。
一体、どれぐらいの確率で2人と巡り合わせているのだろうか。外からの要因でわざと出会わせられているのではないかと疑ってしまう。
リリフラメルと頭の中のセシルも合わせて5人で酒場で落ち着いて話を聞くことになった。
小さな酒場で3組か4組入ることができれば御の字といった広さぐらいしかない。幸いにも今は酒を飲むには早い時間帯であることもあって客も少ない。
ちなみに酒場といっても普段知る酒場と違って、酒を出してくれる店の者はいない。
ここは、自分たちで買ったり作ったりして持ち寄ってきた飲食物で済ませる形式だからだ。
身体の大きなダナは、この酒場で過ごすには少し窮屈そうに見えたが、シェンナの圧力で有無を言わせていない。相変わらず彼はエルフの妻の尻に敷かれている。
それでも上手くやっていけるのは、2人の性格がぴったりハマっているからなのだろう。
「私とコイツで、このオアシスにいる魔法具店の主人から依頼を受けて、廃都に行っていたんだ」
「ネテレロの元首都です」
どうやら2人はこの砂漠の中枢部に行っていたようだ。
依頼の内容は、魔法具作製のための様々な材料の調達であった。所謂お宝探しのようなものらしい。
廃都の呼び名の通り今は誰も住んでおらず、そこにある物は誰の所有権もない。そのような背景があって、物資を自由に持ち運びして品を流す文化があるらしい。
国が滅んだのは昨日今日の話ではない。そこで誰が何をしようと罪に問われることはないし、そもそも裁くための機関が存在しないから、首都で何を拾ってきても誰も文句は言わない。
2人の話を聞いて率直に、案外ここには物騒な価値観を持った者たちが住んでいるのだなと思った。
先日は長閑で平和的な考え方を持った者たちが住むから、小さな集合体で争いが起きないのだと考えていたが、考えを改めた方が良い気がしてきた。
「そもそも廃都に好き好んで行く奴がいないから、そんなもんよ」
「オレは2度と行きたくない……。もしヒューゴさんの用事が廃都にあるなら、考えた方が良いと思います」
ダナは廃都に行った時の記憶を頭に浮かべてしまったのか、すごくげんなりした顔つきに早変わりした。
「それは、なぜですか?」
「神様がたくさんいるからです……」
ここ数日の神との邂逅の記憶が吹き飛んできて、顔の筋肉が思わず緊張してしまう。
容易に想像ができてしまった。
この国の者たちが、本当にあらゆる物事に神を見出す文化を持っているなら、廃都に存在するあらゆる物に神が宿っていそうだ。
それは最早、嵐どころの騒ぎではなく、あらゆる物が暴れてどんちゃん騒ぎの様相を呈しているに違いない。
実際は自分の目で確かめてみないと分からないだろうが、確認したいとも思わないし、ダナの表情を見るだけで俺は満足である。




