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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
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3種類の雨5

 黙する神(シーゲア)は静寂を守る者には無害である。

 だからドニルの言った通り、呼吸を止めれば問題はないはずだ。


 身体は動かさずに、黙する神(シーゲア)の動きを見守る。

 顔も首も動かさずに目だけで神の行き道を見つめ、視界から外れても追うことはしない。




 3人で石像のように固まり続けて、しばらく夜の静寂を守り続けた。




『ふぁ……。何、どうしたの……?』




 頭の中でセシルが伸びと欠伸をして、目覚める。




 頭の中での出来事だろう。そう思っていた。

 黒く蠢く巨体が凄まじい速度で視界に戻って来て、ドニルを越えて俺の顔面すれすれまで近付いてきた。


「オオ!! オウアアオ!! オオォ!!!」


 この世界の誰にも理解できない言葉で話していても、それが怒りを表していることは確かに分かった。


 セシルが喋ることも許されないのかよ。




 身体に纏わりつく黒い多腕が俺を固定して、尚も神が怒りを表している。

 ドニルは必死に口を手で押さえつけ、絶対に呼吸をしない意志を頑なに示している。

 我慢し続けていたって、最後には呼吸をしなければならないのだから、このまま沈黙を続けようとしても良い結果にはならないだろう。


 神に赦しを乞う。


 想像でセシルの口を塞ぎ、彼女を無理矢理に寝具の中に閉じ込める想像をすると、彼女はその通りの姿になった。

 本で読んだ黙する神(シーゲア)の伝承を強く念じつつ、彼女に音を一切出すなと伝える。


 彼女が状況を理解するまでの間に、駄目押しに彼女の目の前に虫を想像する。羽も足もない虫だ。

 マルム教の神と違って、人間の意志が通じなさそうな神であるが、何もしないよりは良いはずだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。


 いくら俺が不死でも、この広大な砂漠で姿を虫に変えられてしまえば、どうしようもない。

 虫になった時に、人間としての考え方が変わらずできるのかの保証もない。


 だから、やれるだけのことはやらなければならない。




 絶叫にも近い神の声を全身に受けながらも、目だけで神に謝罪する。




 セシルが状況を理解して頭の中も静まり返ると、途端に黙する神(シーゲア)は叫びを止めた。

 叫びが止まると、再び静寂が訪れた。




 程なくして身体は黙する神(シーゲア)から解放されて、神は先程まで歩いていた位置に戻った。


 そして、音もなく蠢きながら再び視界から外れていく。


 ドニルは顔をしかめて必死に呼吸を止めているが、既に我慢の限界はとっくに超えているだろう。

 俺だって意識を失いかけている。




 そうして、どこまで息を止めることを我慢すれば良いのか考えている間に、遂に意識を失ってしまった。




 次に目が覚めたのは、夜が明け始めてからのことだった。

 リリフラメルに揺り起こされて目蓋を開けて、最初は虚ろだった意識も、気絶する直前の記憶を思い出して跳ね上がる。


「皆、無事か!?」

「怖かったなあ」


 ドニルもたった今起きたばかりなのか、派手な寝癖を作っていた。

 そして、彼は興奮して俺の肩を叩きながら神への感想を述べていた。


「死ぬかと思った……」

「しっかしなあ。音を止めていたはずなのに、なんで黙する神(シーゲア)はヒューゴに怒ったのだろうな」


 ドニルは俺に音を出したりしていないか尋ねるが、当然肯定する。肯定しつつも、知らぬうちに何らかの音が出てしまったのではないかと、それらしい推測を立てる。


 正直に言える訳がないから、別の理由を作って話すしかないのだ。

 頭の中にいる魔女が喋ったことで、黙する神(シーゲア)の怒りを買ったなんてことを、正直に話して信じてもらえる訳がない。




 ネテレロで信じられている神々は、俺たちが知る神と毛色が違う。

 砂嵐を起こす神も、水を司る神も、静寂を守る神も、自然現象に深く結びつくような存在だ。


 今の所、ここでは会話が通じるような神に出会ったことがないことも特徴的だ。


 だから、神という存在は、その国の文化に深く関わっている存在なのではないかと思えてきた。

 水の少ない国、砂のある国、森のある国や山のある国、人間の多い国やエルフの多い国など、その地の特色の数程、特色に合わせた神が存在するのではないか。




「ドニル。渇く神(エレーミア)の対処法が確立されているのなら、黙する神(シーゲア)の対処法もあったりするのではないか?」

「何をしても音が出るこの世界で、『何もしない』ことより最適な方法はないさ」


 ドニルは昨夜の恐怖を楽しかった思い出かのように、笑い飛ばして言った。

 その切り替えの良さも巨人族(ジャイアント)の長所なのだろうか。


 ある意味で羨ましい。


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