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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
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3種類の雨3

 てっきり雨で砂漠を濡らして、渇く神(エレーミア)が此方に向かって来ることができないように対策を行っているのかと思った。


 だが、彼はすぐに紙から手を離して雨を降らせることを止めてしまった。


「これで砂嵐は此方には向かって来ることはできない」

「え、なぜ……」


 中途半端に砂地を濡らしても、すぐに雨が止めてしまえば水分が失われて元の砂地に戻ってしまう。

 事実、あっという間に灰色に染まっていた砂がいつもの砂色に戻ってしまっていた。


 彼が一体何をしたかったのか予想を立てられなくて、思わず彼に質問をしてしまった。

 彼は口を横に伸ばしてから答えてくれた。


「蜃気楼を作ったのだ」

「はあ……」

「む、この地に馴染みのない者か? 蜃気楼とは潤わす神(ヒュドール)が作り出す幻のことなんだ」


 雨を降らせたのは空気を一時的に冷やすためだと彼は説明するが、俺が聞きたいのは正しくはそこではない。なぜ、渇く神(エレーミア)は蜃気楼を作ると此方に向かってこないのかが、今知りたいことなのである。


「ネテレロを歩き回っていたなら、遠くに水辺があるように見えたことはないか?」

「いいや、今のところ見覚えはない……」

「それなら知っておいた方が良い。何らかの理由で行く当てを失い、喉が渇き、水が堪らなく欲しいと思った時に蜃気楼を見てしまえば、誰もが幻に騙されることになるだろうからな」


 彼はすぐに話が逸れてしまったことに気付き、顔をハッとさせてから言葉を続けた。


渇く神(エレーミア)は水を嫌うのだ。例え幻であっても、そこに水辺があると疑えば近付こうとはしない」

「腐っても神なのに、幻に惑わされるのか……」

「幻を作り出しているのも神のおかげだからな。神が作り出す幻影は神をも騙すだろう。知らんが、多分そうだ」


 散々神という言葉を使っておいて、最後は適当に話を結んできた。彼は途中の現象や話に興味はなく、結果だけを重要視しているのだろう。

 砂嵐を避けるためには、雨を降らせて蜃気楼を作れば良い。彼にとって重要なのはそれだけのことなのだろう。




 しばらく砂嵐を眺めていたが、彼の言う通り砂が此方に向かって舞って来ることはなかった。

 行く当てを失ったかのようなふらふらとした動きで、全く別の方向に進んで行き、やがて砂嵐は遥か遠く向こうで形を失った。


「今はこれが砂嵐を避ける最も楽な方法だ」


 彼は砂上に腰を下ろして、余裕の笑顔を見せつけてきた。

 先程まで砂嵐を受け止めようと必死に水を放出し続けていた俺たちが、馬鹿みたいに思えてきてしまう。


「それより、下で頑張っている彼女のことは良いのか?」

「あ!」


 慌てて砂の丘を駆け下りて、リリフラメルに砂嵐の危機が去ったことを伝えに行く。

 今までの行動が無意味であったことを知ったら、彼女はきっと腹を立たせるだろうから、少しでも早く止めてもらった方が良い。


 多少の八つ当たりは食らうだろうが、何も起きなかった結果を享受できるなら、それぐらいは我慢できる。




 巨人族の彼は名をドニルという。

 隣のオアシスに住む男で、俺たちが出立してきたオアシスに用事があってやって来たようだ。


 彼も例に漏れず優しい性格である。

 土地勘のない俺たちをこのまま歩かせることを危険に思い、俺たちが隣のオアシスに到着するまで付いて行くと言ったのだ。


 もう少しで目的地に到着するはずなのに、(きびす)を返してもらうのは心苦しかったので、何度か断ったがどうしても聞いてくれなかった。


 そのうち俺が根負けして、結局彼も付いてきてもらうことになった。


「この土地で使えるかは分からないが、せめてお礼に金貨を受け取ってくれないか」

「はははっ、いらんいらん。それよりも、帰り道で見知った者が、野垂れ死ぬ姿を見る可能性がある方が気分が悪いからな。生きて送り届けた方が俺もスッキリする」


 ドニルの声は少々大きかった。リリベルの雷で耳を散々痛めつけられた俺は、今更彼の声の音量程度で気分を害したりはしないが、リリフラメルは彼が喋るたびに顔面の部位を中央に寄せて、首を後ろに遠ざける。


「失礼だからやめなさい」

「……はい」


 善悪の区別に敏感なだけあって、彼女の取る態度が悪いことだと諭すと、彼女は素直に受け入れてくれた。常にその態度でいてくれたら、周囲と軋轢を生むことも少なくなるのにと思う。


「はははっ、すまんすまん。五月蠅かったか」

「此方こそ申し訳ない。彼女は良くも悪くも思ったことを表にはっきり出す性格なので……」

「事実だから仕方ないさ。妻にもよく鬱陶しいと言われるからな」


 笑っていいのか分からない冗談の連発に四苦八苦するが、隣のオアシスまでの道のりに砂漠に詳しい者が加わってくれたことは嬉しかった。


 それでも嫌な予感がまだ収まっていないことだけは気掛かりであった。


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