3種類の雨2
穴を掘り、布を具現化して張り巡らす。
敷く物は何でも良い。そこに水が貯められるのなら何でも良いが、今は最適な物が布だと思って想像を巡らしておく。
リリフラメルが水で砂を濡らし、俺がスコップで掘りまくる。
「どれだけ掘れば良いの?」
「分からん」
「おい」
「ただ、俺たちが入る分の水が貯められればそれで良いと聞いた」
そよ風でリリフラメルの髪が揺らめき始めて、焦りが出てくる。
渇く神を迎え撃つ準備ができないまま、死んだら洒落にならない。
布を置き、2人で必死に水の魔法を詠唱し続けた。
背中で受ける風の勢いが増すごとに嫌な予感も同じように増していく。焦りは禁物というがやはり焦ってしまうものだ。
『魔力の放出の仕方がなっていない……リリベルから何を教わってきたの……正しくはこうよ……』
セシルが呟いた途端に、掌から放出される水が2倍の勢いで飛び出てくるようになった。水の勢いに負けて体勢が崩れて尻餅をつき、リリフラメルに水がかかると、彼女は無言で睨みつけてきた。
「す、すまん!」
お返しと言わんばかりに顔に水をかけられる。顔を避けても真正面に水がくるように角度を変えてきて、溺れそうになった。
『ふざけている場合じゃないわよ……』
誰のせいだと思っているのだ。
水を放出し続けていると水は少しずつ穴に溜まっていくが、それでも身体一杯の水量には遠く及ばない。
水分を即座に吸収し続ける布越しの砂に負けている状況だった。
セシルの助けを借りて尚、砂嵐に間に合う気がしない。
ぴちゃぴちゃと頭や鼻頭、肩などに水が当たり始めたので、俺ではなく穴に向かって水を放出してくれとリリフラメルにお願いすると、彼女は即座に否定した。
「良く見ろ。私はちゃんと穴に向かって水を出しているだろ」
リリフラメルの仕業でないなら、頭上から降り注いでいると思わしき水の粒は一体何なのか。
上を見上げると、なるほど確かにリリフラメルの仕業ではない。
所謂、雲のない雨とか呼ばれる現象だ。土地柄によって吉兆であったり凶兆であったり様々な受け取り方をするが、とにかく珍しい現象である。
雲もないのに頭上から雨粒がぽつぽつとちらついている。まさかこの砂漠で雨が降るとは思わなかった。
だが、この現象を幸運だと素直に受け止めることはできない。嫌な予感がまだ止まっていないからだ。
どうせ、人為的な雨に決まっている。
『やけくそになってる……』
「誰かいるのか!?」
大声で穴の向こうにいるかもしれない誰かに向かって叫びを上げる。
「誰もいる訳ないだろ。穴を掘って水を出すまでそう時間は使っていなかったし、その前までは周囲の景色を見ながら休憩していたが、遠くに人影1つなかっただろう」
「いいや、ここにいるぞ」
穴の上から1人の男が顔を覗かせてきた。
慌てて武器を具現化すると、彼は慌てて両手を上げて戦う意志がないことを示した。
「おいおい落ち着け! 今時、原始的な方法で砂嵐をやり過ごそうとしている奴等がいるから、最新のやり方で助けようとしてやろうとしているだけだ!」
「最新のやり方……?」
「とりあえず武器を下げてくれよ」
一旦武器を戻してから、リリフラメルには水を放出し続けるように言ってから、俺1人で穴の上に這い上がった。
穴の上に近付けば近付く程、男の顔が大きいことに気付く。
見た目の特徴で言えば人間と違いはないかもしれないが、やけに身体が大きかった。
穴の上に辿り着き、彼の目の前に立つと身体の大きさに更に驚かされることになる。
彼と目線を合わせようとすると、目一杯首を反らさないといけない。背の高さで言えばオークに似ているだろうか。
「なんだ、巨人族を見るのは初めてか?」
「あ、ああ。身体の大きな人間かと思った」
「顔も身体つきも全く違うだろう。まあ、そこは今はどうでも良い。こっちに来い」
彼の進む道に付いて行くと、近くの見通しの良い小高い丘に立たせられる。
そして、彼は片手でアレの光避けを作って、もう片方の手で遥か遠くを指差した。
「今の渇く神のやり過ごし方は、近付かせないことが流行りなんだ」
「は、流行りって……」
砂漠の住人は、最早遊びに近い感覚で砂塵を掻い潜っている。神に対する畏れはないに等しい印象をより強めることになった。
彼が指差す先の空気が目に見えて濁り始めていた。
間もなく周囲の砂を巻き上げて巨大な砂嵐ができあがる。空が音を鳴らし、唸り声が響く。
その様子に焦ることなく、彼は足元に1枚の紙を広げてそれに片手を置き、もう片方の手で上着のポケットから石を取り出した。ただの石をポケットに取っておく意味はないから、それは魔力石だろう。
それが魔力石であるということは、砂上に置いた紙は魔法陣の描かれた紙であり、彼は詠唱を行おうとしているのだろう。
予想通り、彼は魔法の詠唱らしき1つの単語を口にする。
『雨』
しとしと降る雨の範囲が広がった。
雲1つない世界で雨が砂を濡らし始めた。肌寒さすら感じる。




