2人の黄衣の魔女8
レオスというよりか、オウトマチック一家は外の世界を知らなかったようで、危機的な状況であることをいまいち理解していないかった。
それどころか反対の意見すら出てきた。
「……ヒューゴさんたちが住む世界では、大変なことが起きているのかもしれない。だが、ここに住む我々の世界のことを考えてもらったことはあるか?」
「もう少し詳しく聞かせて欲しい」
レオスは、砂漠に元々住む者たちの平穏を考えて欲しいと訴えた。
この世界ではオアシスの周囲が何もない砂で囲まれているからこそ、平穏を保っている。
渇く神を倒すことでその平穏が失われることを彼は危惧している。
「砂がなくなり、緑が取り戻されることになれば、確かに暮らしはより豊かになるかもしれない」
「だが、暮らしが豊かになるということは流れ者も増えることになる。流れ者が増えれば、やがてこの土地に居着く者も現れるだろう」
「この土地に住む者が増えれば、町ができて、国ができる。そうすれば最後には何が起きる?」
「争い、ということですか?」
「そう。ここに住む者として言わせてもらえば、今、ここでは国が滅ぶ前よりも豊かな暮らしができている」
「ヒューゴさんが行おうとしていることは、再びここに国を興そうとしていることと、さして違いはない。つまり、俺たちに割りを食えと言っているように聞こえてならない」
返す言葉がなかった。
大多数のために少数の者を犠牲にすると、少数の輪に入る者に対して宣言して、受け入れろと言う方が無理な話だ。
しかし、彼の話を素直に受け入れることもできない。
ここからは俺の推測だが、渇く神が力を外に向けて行使するようになった原因は彼らにあると考えている。
神の力の源はその神を信じる者の数に比例する。
信仰心を持っているか、畏れられているかは関係なく、その神は確かに存在すると信じる者がいるかによって決まる。
神の力についてはリリベルが言っていた。彼女の言うことだから大体は正しいし、これもきっと正しい。
話を戻してネテレロは亡国となり国民の数が激減したことにより、渇く神の力は弱まってしまった。
この地の伝承についてはあらかじめ予習させてもらっている。
元々、豊穣の神に呪いをかけられた渇く神は更に力を弱めていたので、更なる力の喪失に神は危機感を抱いただろう。
しかも、生き残った砂漠の民は過酷な環境で生き延びられるように、砂塵に負けない強固なオアシスを作り出してしまった。
砂塵の恐ろしさを植え付けることによって、神としての威厳を保っていたはずなのに、今やその威厳は地に堕ちつつある。
他の神々の加護を利用して渇く神に対抗できる手段を編み出してしまった彼らは、徐々に砂嵐の恐ろしさを忘れてしまっている。オアシスに初めて到達した時、外を歩く誰もが巨大な砂の塊を前にして見向きもしなかったのが、その証拠でもある。
彼らは砂嵐を恐れていない。即ち渇く神という存在の認知が薄れ始めていることを意味している。
だから、困窮した神は己の存在確立のために、外へ向かって行ったのだ。まだ砂嵐の恐ろしさを知らない者たちに、己の存在を知らしめるために。
「なら、渇く神を倒さずに弱体化させれば良いだろう?」
恐らくリリフラメルの放った言葉が、現状を解決するに1番近い答えなのだろう。
砂の外の世界の平穏と砂の内の世界の平穏を両立するには、神の存在を消し去ることなく、この地にだけ留まってくれるようにすれば良いのだ。
しかも、砂の世界が緑に変わらないように絶妙な加減で弱体化させなければならない。
言葉にするのは簡単だが、実現するのは至難の業である。
弱き者が虐げられる様を見ることはしたくない。
奴隷の身分を経験し、一方的に虐げられる者たちの苦しみを散々味わってきた俺自身が、虐げる張本人となることもしたくない。
リリフラメルの提案を実現できる見通しは立っていない。
それなのに、俺は彼女の提案を1も2もなく呑んでしまっていた。
無茶苦茶だと分かっているはずなのに、拒否する心が一片足りとも湧いてこなかった。
「リリフラメルの言う通りだな」
自分で言っていて悲しくなりそうだった。
リリベルに後で怒られそうだということも、少し不安であった。
『生き辛い性格をした男だよ……』
セシルの小言が心に突き刺さって更に凹んだ。




