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弱くて愛しい騎士殿よ  作者: おときち
第18章 2人の黄衣の魔女
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2人の黄衣の魔女6

 ネテレロは、亡国と呼ばれる通り、国を統治する王は存在しない。

 各地に散らばるようにこの地で生きる者たちが、集合体を作って毎日を何となく生きているだけで、他国と外交の手段を持つこともない。

 かといって閉鎖的な集まりという訳でもなく、外から来る者に対して敵対心を持って接することはない。


 かつてあった国民性から来るものなのかは分からないが、彼等は大らかに感じられる。


 故に魔女探しのための聞き取りも頭から拒否されることはなかった。


 ただ、それでも砂衣(さえ)の魔女の情報はここでは得られなかった。

 このオアシスに住んでいる魔女もしくは魔法使いに砂色のマントを羽織った者はそもそもいないようだ。




 砂衣の魔女の力を考えれば、奴が生物のいる場所にいるとは考えにくい。


 奴は周囲の時間の進行を歪ませる魔法を扱う。

 人が近付けば老化は加速し骨を超えて塵となる。奴が歩けば足元から草木が一気に生え揃い、間もなく枯れ果てる。

 そういう魔女だから、魔女協会の魔女たちからも嫌われている。そもそも奴自身も他者との接触を極端に嫌う。


 いるとすれば逆に目立つ場所にいるはずだ。


「ドワーフが多いな」

「ああ。だが、ドワーフだけという訳でもない。エルフもいれば人間もいるし、ゴブリンだっている。そして、誰も互いの見た目で忌避し合ったりしていない」


 それがこのオアシスで感じたことだ。ある種レムレットに近いかもしれない。

 彼等は皆、このオアシスで平穏を保つために()()()暮らしている。


 驚くことに菜園があり、肉もあった。

 この枯れ果てた何もない砂漠で、どうやって食糧を調達しているのかと思ったが、自給自足の生活ができているというのだから驚きだ。規模は勿論小さいが、市場すらある。

 それも日々の食い扶持に怯えることなく、常に豊かな食事を摂ることができるというから驚きだ。


 俺が夢見る平和な世界がここにあった。




 収穫はゼロではない。

 ここから1番近い別のオアシスまでの地図と行き方を住人の1人に教えてもらった。

 ここから最低でも2日は要する距離らしいが、この歩き辛い世界では早いと言えるだろう。想像するに距離自体はそう遠いものではない。




 やがてアレが遥か線の向こうに沈むと夜が来る。

 夜が来ると一気にここは寒くなる。何でもないそよ風でさえ、歯を鳴らす程の極寒を伝えてくる。


 明るい時も苦しいが、夜も苦しい。

 この地での野宿は、しっかりとした準備がなければ命の危機を及ぼすことは、散々分からせられてきた。


「明日、隣のオアシスに向かおう」

「妻はどうするつもり?」

「リリベルはこのオアシスに置いていく。彼女はカルミアのことをすっかり気に入っているようだし」


 オアシスの規模が小さくて良かった。

 カルミアの家を聞き忘れていたが、他の住人に聞けば矢庭(やにわ)に道順を教えてくれた。


 俺とリリフラメルはその道順を辿っているところだ。


「アイツが素直に聞き入れるとは思わないけれど」

「お腹の子のことを踏まえて伝えれば、彼女は俺の願いを聞き届けてくれるはずさ」

「ああ、そうだった。アイツはお前にぞっこんだったな」

「ぞっこんって……」


 リリベルにはここを拠点として、隣のオアシスに砂衣の魔女を探しに行くと伝えるつもりだ。

 すぐに戻ってくる意志も含めて言えば、彼女も完全な拒否まではしないだろう。

 何せ彼女は今はカルミアへの魔法の伝授に熱が入っている。


『また嫉妬している……』

「五月蝿い」

「え?」

「あ、いや、リリフラメルに言ったのではない」


 少し間を置いてリリフラメルが口を開く。


「本当にお前の友だちが頭の中にいるのか? レムレットで誰かに頭をおかしくさせられていた影響を受けているだけなんじゃないか?」


 困ったことにセシルが頭の中にいることを証明する手段がないのだ。

 リリベルは無条件で信じてくれたが、その他の仲間たちは俺を可哀想なものを見るような目で見ていたので、恐らく半信半疑なのだろう。




「頭がおかしくなったという話で思い出した。ラズバム国王が死んだ後、クローディアスが女王としてレムレットを再興していることは知っているか?」

「勿論だ」


 最近、物忘れが激しくて嫌になるが、レムレットの首都が壊滅して国王亡き後にあの国では程々に動きがあった。

 全ては伝聞であるので、記憶があやふやになるのは仕方がないかもしれない。

 本来であれば国王が死去すればその妻か息子に王位が継承されるはずだが、最終的に継承したのはクローディアスであった。


 国王の妻は、栄華を極めた街の死と夫の死に嘆き、狂乱の果てに自殺をしてしまった。

 国王には他に息子がいたが死んでしまっていたらしい。それが首都の壊滅に依るものなのか、はたまた別の要因に依るものなのかは分からない。

 国王の息子に会った覚えはないが、あったとしても良く思い出せないだろう。あの時の記憶はなぜか所々欠落しているのだ。


 途轍もなく重要なことがあったはずなのに、すっかり忘れてしまっている。




 兎に角、それらの痛ましい出来事があって、重臣たちは唯一国王の血を正統的に引くクローディアスを王として推し上げた訳だ。


 (うたぐ)り深い俺としては、力を失ったレムレットが他国に攻め入られて、もし負けた時の責任を彼女に押し付ける腹積もりなのではないかと考えている。いつ裏切っても良いように、政治手腕のなさそうな我が儘王女を敢えて皆で担ぎ上げたと思わずにはいられないのだ。

 言い方は悪いが、貧乏くじを引かせているのではないか。




 クローディアスたちのことは気掛かりではあるが、生憎俺は彼女を主人にしてはいない。例え、レムレットという国の滅びの知らせを明日聞いたとしても、彼女の敵を討つ考えに至ることはない。

 勿論、後悔はするだろうが。




 レムレットでの変化を思い出したことに付随して、別の伝聞も思い出された。


 それは、セントファリア国のオルクハイム王子が殺されたという話だ。

 正確に言うならセントファリアという国そのものが滅んだ。


 戦いや政治に関わらない一般の住人からすれば、クローディアス女王がセントファリアとオルクハイム王子の処刑を密かに実行したとという噂話が広がるのも無理はない。

 ラズバム国王を殺害した原因になってしまったオルクハイム王子を、娘のクローディアスが気にしない訳がない。処刑の命を下したと考えるのが普通であるだろう。


 だが、実際は違う。


 クローディアス女王はオルクハイム王子を許し、釈放したのだ。

 レムレットの伝統に則って、1度目の過ちは見逃すという寛大な処遇を行った。




 では、セントファリアを滅亡させ、オルクハイム王子を殺したのは誰か。


 それは黒衣(こくえ)の魔女だ。


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